横浜・東京旅行 : 2019/7/10〜2019/7/12
私は3ヶ月に1回くらいのペースでちょっとした用事があって東京に行きます。用事は2日くらいで終わるのですが、ついでに人に会ったり、買い物をするのでもう少し長くいる時が多いです。
かなり前に埼玉県に住んでおり、都内までは電車で30分ほどで行けました。アメリカにいる時は1年に何回か日本出張があり殆ど東京に滞在してました。

しかし、意外と有名なところ、というか観光地は行っていないのです。たとえばスカイツリー、上った事ありませんでした。築地、新しくなってからは行ってません。迎賓館、外から見ただけです。

という事で、カミさんが2泊3日の”シニアの旅”という横浜。東京方面のグループツアーを見つけ、行くか?と言われたのでOKしました。
そんな訳で、何も考えないでみんなの後をついていくだけ、気楽この上ないツアーでした。

小田原駅に着きました
09:00に名古屋駅に集合、09:34のこだまで小田原まで行きます。グループは全部で18名、これくらいの数ですとまとまりもよくて楽です。

小田原で降りるのは多分5年ぶりくらいだと思います。以前はここで降りて何社かの取引先までよく出かけました。ですからタクシー乗り場はよく覚えています。

小田原と言えば蒲鉾、いつもこれを買ってましたね。蒲鉾をアテにしながら熱燗で一杯、最高だな、、、。

などと考えながらバスに乗りこみました。

大磯プリンスホテル
向かった先は大磯ロングビーチ横にある、大磯プリンスホテル。大磯には40年前に1回来たことがありますが、もちろん何も覚えていません。

このホテルのレストランで昼食です。
料理は”炙りサーモンとシーフードのマリネ地元野菜の彩り菜園スタイル”という長ったらしい名前の前菜から始まるコース料理で、デザートの”アーモンドのブランマンジュ フルーツ添え”で終わりました。
レストランは他に和食レストランもありましたが、ガーデンでのBBQもウリにしているようでした。

ツアーと食事
日本国内のグループツアーは大体が”食”をそのツアーの売り物にしています。
中にはただ食べに行ってホテルか旅館で寝るだけ、とかいうのもあります。

特に日帰り旅行ではそういうのが多い、というか感じとしては殆ど。私も1回だけ行ってみました。
私の場合、外れでした。

以来、”XXXを食いに行こう!”という日帰りツアーは行ってません。カミさんは時々行ってるようですが。

旧吉田茂邸(1)
食事を終えて向かったのは旧吉田茂邸、元総理大臣の吉田茂が総理退陣後から亡くなるまで使っていた邸宅です。

吉田茂は退陣後も政界への影響力を保持し、ここには国内外の要人が頻繁に訪れたそうです。
(大磯詣、と言ったそうです)

2009年に原因不明の火事で母家が焼失し、現在のものは再建されたものです。現在は神奈川県が所有、大磯町が管理運営しているそうです。

吉田茂の肖像画
吉田茂は吉田健三の養子で、実父は竹内綱です。
戦前は外交官で殆どを支那で過ごし、終戦直前に終戦工作の一員に名を連ねて憲兵に逮捕されています。

しかし戦後これが幸いしてGHQでは”反軍部”、という事になって信用を得たそうです。

戦後は総理大臣を5回の他に外務大臣、農林大臣を歴任(総理と兼任が多い)しています。

いろいろとエピソードの多い方です。

応接間
1階の玄関横にありました。ここも全部焼失しているので、調度品などは写真などから再現したものだそうです。

この上の2階には書斎があり、身内以外は入る事ができませんでした。書斎と言っても(確か)3室、全部で何十畳もあり、広い縁側と浴室もありました。
また1階にはローズルームという食堂があり、ここで様々な客をもてなしたそうです。

邸宅の中には大磯町の学芸員でしょうか、何名かがいて質問に答えてくれました。

お風呂
居間と寝室がある新館2階にある船型をした風呂で、大磯の船大工が作ったものだそうです。
窓をもう少し低く作って、外を見ながら湯船に浸かる、、、夢ですね、これは。

もう一つの風呂は書斎の横に作ってあったもので、「ちょっと気分転換に風呂でも入るか、、、」、という時にでも使ったのでしょうね。
邸宅の各部屋はそれぞれ非常に広くゆったりと作ってありますが、客をもてなす部屋はあっても客を宿泊させる部屋はありませんでした。

昭陵:神功聖徳碑亭
吉田邸の西から南にかけて立派な、非常に手入れの行き届いた庭園が造られていました。

敷地内には火災を免れた昔からの建物も幾つか残っていると学芸員が言ってましたが、時間の都合で残念ながら見る事ができませんでした。
吉田茂はバラの花が好きでバラ園もありました。

見学で感じたのは”吉田茂”という”人”についての説明は殆どなく、結局は「キレイで大きなお家ね、お庭も広いし」、で終わってしまう人が多かったのではないかと思いました。

氷川丸
大磯からバスに乗り次は横浜へ。横浜って随分きれいな所なんですね。
氷川丸は1930年(昭和5年)に竣工、処女航海はシアト、昭和16年まで北米航路、当時は最高級クラスの客船だったそうです。太平洋戦争では病院船でした。
戦後は復員線、その後昭和35年まで再びシアトル航路で運航されました。

総トン数11500トンの船にしては随分大きく見えます。今は国の重要文化財です。カミさんは中学校の修学旅行でここに宿泊したそうです。

横浜港見学クルーズ
氷川丸の近くの桟橋からマリーンルージュに乗ります。ここでちょっと早めの夕食、そして横浜港のクルーズです。
この船はディナークルーズでも有名だそうで、案内パンフレットを見ると随分高価なディナーもありました。

が、我々はグループ・ツアー、文句が出てないギリギリの線、とはいいませんが、ま、こんなもんかなというレベルでした。
飲んでみたビールは”Broklyn Lager”、アメリカン・クラフト・ビア−ですね。
これもいろんな種類があったと思いますが、ここで出されたのは私の好みではありませんでした。

昭陵:方城を見下ろす
8ヶ月前にクルーズ船の”飛鳥U”に乗った時にこのブリッジを通貨して横浜港に入港、下船しました。

最近はこの下を通過できない客船も結構あり、こういう超大型船用の別の埠頭が作られたとか聞いています。あとで調べたのですが海面からの高さは55mでした。

ベイブリッジは横浜港と東京方面をむすんで、交通渋滞を避けるために作られたものです。
私は日本全国、世界各国の港を見てきましたがやはり横浜港というのは大きいですね。

デカいな〜、と思ったのは香港、シンガポール、それに随分前ですがロングビーチ
スエーデンのマルモからフェリーでドイツのハンブルグ港に入った時は「スゴイ!」、と腰を抜かしましたね。

横浜港には一等地にノース・ドックと呼ばれる米軍の埠頭があり、一部日本に返還されたものの今でも重要な基地として使われています。
岸壁には灰色の軍艦が横付けされていました。

東京湾にも少し出ましたが、あんなに多くの大小の船舶が行き来しているとはびっくりでした。

横浜ロイヤルパークホテル
横浜ランドマータワーの高層部にあるホテルです。
部屋は確か60F付近だったと思いますが、やはり部屋からの眺望は見事です。
このような高層ホテルには今まで泊まったことがありません。せいぜい名古屋のマリオットの30階ちょっと、くらいです。
部屋も広く、設備も申し分なしです。

今回は、「この日から2泊3日で横浜。東京に行きますよ」、とカミさんに言われて私はついてきただけという、どっちかというと付属品ツアー。
こういうのも楽で悪くありませんね。

ホテルロビー
このホテルにはどんな連中が泊まっているのか地下街に行く途中でロビーに寄って少し眺めていました。
結構ガイジンが目立ちます。

子どもを連れた中国人だか、香港人だか、台湾人だか、ひょっとしたらシンガポールあたりの華僑か?いやあの太り方からいくtフィリピンの華僑か、、、もいます。

地下街も直結なので降りてみました。よく言う”オシャレな横浜”の雰囲気の地下街です。入ってみたいレストランが一杯あります。でも食事は済ませてますので入るのはパス。

部屋からの夜景です
桜木町駅が真下に近く見えます。このずっと向こうは横須賀方向になるのですかね。先ほど地下街で買ってきたビールを飲みながら夜景の堪能です。
これくらいの高さになると人の動きというのはあまりよくわかりませんが、私は双眼鏡を持ってきましたので、これで見るとよく見えます。

私は旅に出かけて山とか海とか大平原とかの自然を見るのがこの上なく好きです。でも都会の夜景をこうやって高いところから見るのも大好きです。私は旅行に行って買い物をする、とかは殆ど興味なしです。

2日目の出発
バスはこんな感じで後ろの方は何席も空きでした。
ツアーのメンバーの年令は私達が真ん中くらいの感じ、友達夫婦と思われる4人組みが2組みみえました。

メンバーの殆どが愛知県、特に名古屋が多かったようで三重県からは私達以外はいなかったように思います。

こういう少人数の短期間の国内旅行も悪くはないな〜、と思いました。
費用もホテルとか交通費を個別に自分で申し込むよりかなりお値打ち、という感じです。やはり旅行会社の威力ですね。

迎賓館赤坂離宮(1)
私が33年間勤めた会社の本社ビルからよく見えていたのですが見学するのは初めてでした。

というのは以前は一般には解放されず、2015年から見学できるようになったのですが、それでも予約が必要で今でも本館以外の見学は予約が必要だそうです。

ここは現役の日本国の重要な施設であり、接遇などに使われるときはもちろん入る事はできません。中も写真撮影は一切できませんでした。
中はさすがです、非常に豪華で立派です。

迎賓館赤坂離宮(2)
この建物は当初、明治42年に東宮御所として建てられたのですが、使い勝手が悪いという事で実際は殆ど使われなかったそうです。
迎賓館として使われるようになったのは昭和49年からだそうですからそんなに古くはないのですね。

こういう石造りの建物は高温多湿な日本には全く適さず、できた頃は暖房設備の機能も低く、温度調整・結露対策などに苦労したそうですが殆ど効果なかったということです。

やはり日本の風土には木道建築が理にかなっているのですね。

徳光アナ
建物を挟んで噴水のある方が主庭、その反対側の広い方が前庭です。
赤坂離宮の西には東宮御所があり、現在は”仙洞御所”として上皇様夫妻が住んでいます

前庭に出て正門・出口にブラブラと歩いていくと何やら人だかり。見るとフリーアナウンサーの徳光和夫が何かの番組の収録をやっていました。

2ヶ月くらいして確か”路線バス寄り道の旅”(だったかな)で、この風景が放送されるのを偶然に見ました。

リムジンで日の出桟橋まで
昼食はその名も”赤坂離宮”という名前の広東料理レストランで。結構有名なレストランですが、ランチでしたらリーズナブルに食べれそうです。

そのあと外で待っていたリムジンで浜松町の日の出桟橋まで。こういうコースになっているって乗るまで気が付きませんでした。中ではスパークリングワインのサービス。

リムジンの座席って普通の乗用車と同じですからこういう都会では何も見えないのですね。
だって周りは車だらけですからね。

隅田川クルーズ(1)
船は貸し切りになっており、ここから浅草まで”隅田川クルーズ”です。初めて乗ったのはいつだったですかね、、、。上の娘と一緒に乗った事もありました。
しばらく見ていないけど、今どうしているかな〜、、。

そんな事を考えながら大川を上ります。曇り空なのでちょっと冴えませんが、雨が降るよりマシですね。

隅田川は歌川広重、葛飾北斎の絵を見ると昔の様子が覗えます。これだけの川幅に橋を架けるのは昔は大変だったのでしょうね。

浅草のシンボル
浅草と言えば仲見世と浅草寺ですが、もう一つ忘れてはいけないのがこれです。
最初見たとき何だろう?金色してるし、孫悟空の乗る金斗雲か?まさかウ○コのオブジェじゃないよな、とその大胆なデザインに強烈なインパクを受けました。

これは金色の炎で、”飛躍するアサヒビールの燃える心”を表しており、フランス人の著名なデザイナーの作品だそうです。当時小学生だった娘達を連れて、「あれナニに見える?」、と聞いたのですが「・・・・・」でした。
きっと私と同じ事考えてたのだと思います。

浅草寺(1)
ここには何年ぶりで来たのでしょうか。今回は仲見世を通らないで本堂横のの入り口から入りました。エーッとびっくりするような人ごみです。

東京に来た外国人観光客の人気ランキングがあるのですが、雷門・浅草寺ここは堂々のその1位なんです。
これは雷門、花屋敷なども含むようですが、何で人気なんでしょうね。
ちなみに、2位:東京タワー、3位:スカイツリー、4位:秋葉原、5位:皇居・江戸城と続きます。

浅草寺(2)
とにかく日本語が聞こえてきません。
多くは中国語、韓国語です。やっとオバさんグループの東北弁が聞こえてきました。

土産物屋のオバさんと話をしましたが、中国人のマナーには参ったと言ってました。
試食用のお菓子をごっそり持って行く、注意すると中国語でまくし立ててプイと出て行く、陳列してあるお菓子の包装を開ける輩もいると言ってました。

本堂横のトイレの凄さはちょっと書けません。

スカイツリー(1)
ここは私は初めてす。我々のような団体は優先でエレベーターにも乗ることができるので、時間が有効に使えます。
この日はあまり混んでいなかったので展望台に上がってもゆっくりと景色が見れました。

1Fと5Fにはショップがあり、ちょっとのぞいてみました。子供用のモノなどが中心であとは食べものばかり。
買いたいと思うモノはひとつもありませんでした。

スカイツリーは出来上がったのが2012年なので既に8年が経っているのですね。

スカイツリー(2)
展望台からの眺めはさすがです。展望台の辺りで高さは450mくらいなので東京タワーの第2展望台の2倍近くはあっりそうです。
先ほど通ってきた隅田川が直下に見え、金斗雲も地上にへばり付いているように見えます。

スカイツリーの目的は電波塔でここからは12の放送局が電波を出しており、サービスエリアは関東一円の1400万世帯という事です。
入場者は年円減っており、完成したときは大人気でしたが最近はその頃の60%程度までダウンしているそうです。
浅草寺の混雑とはエライ違いでした。。

スカイツリー(3)
ガラス越しに450m下を見れます。カナダ・トロントのCNタワーのガラスの床はスカイツリーの5倍くらいあり、真ん中に立てない人が結構いましたね。

実はスカリツリーはアメリカのある旅行雑誌に、”東京7大ガッカリ観光地の1位”に選ばれたそうです。
で、調べました。7大ガッカリ観光地を。

1位:スカイツリー、2位:ゴールデン街、3位:デズニーランド、4位:メイドカフェ、5位:サンリオピューロランド、6位:監獄レストラン、7位:竹下通り

撫順戦犯管理所
高さで比較するとスカイツリーは今のところ世界1位、2位が広州タワー、3位がCNタワーだそうです。

スカイツリーのレストランは夕食だとひとり3万円くらいの予算が必要とか聞きました。

私は今までに、トロントのCNタワー、バンクーバー・タワー、ナイアガラのスカイロン・タワー、ミノルタ・タワーなどのレストランで食事をした事がありますが、普通より2割くらい高いかな、と思う程度でした。

ここはどんな料理を出すレストランなんですかね。

ソラシオ汐留
新橋駅の東側にある、カレッタ汐留の46Fのレストランで夕食です。ここは48階のビルで200mの高さがあるという説明でした。
スカイツリーのレストランの半分の高さですが、海が見えるし抜群の眺望です。
ここではフレンチのコースを頂きました。

食事が終わった頃空も暗くなって素晴らしい夜景をテーブルから見る事ができました。
私的にはこういうところでダラダラと飲みたいところですが、そこはグループツアー、ぐっと我慢でした。

銀座和光
晴海通りと中央通りの交差点にあの宝飾品で有名な和光が見えました。アメリカ・オハイオ駐在時の日本出張の休日、買う気は全くありませんでしたが、ここの時計売り場に見学に来た事があります。

女の店員が私の方をチラッと見て隣の男の店員にサインを送ってました。ショーケースの中の時計をしばらく見てそこを離れたのですが声も掛からず、かと言ってチラチラ私から目を離そうとはしない様子でした。

オハイオの田舎者のクセなんですね、その時の格好はかなりくたびれたジャンバーを着ていました

帝国ホテル
バスを降りる前に添乗員さんが嬉しそうに、「皆さん、今夜は本館の方に泊まれることになりました。どうぞはゆっくりとおくつろぎ下さ〜い」。
このホテルも本館、タワー館、その中に何とかかんとかいろいろなクラスがあってよくわかりません。

要するに一番下のクラスからワンランク・アップグレードをしました、という事のようでした。
指定された部屋は広さもマズマズで、クラッシックな感じのするいい部屋でした。

帝国ホテルのロビー
このホテルは関東大震災にも生き残り、東京大空襲でも被害はあったものの生き残ったという生命力の強いホテルです。また帝国ホテルというと、どうしても敗戦後のGHQのイメージがありますね。

ロビーを見学してみましたがなかなか立派なロビーでした。開業は1890年で、どこまで当時のままなのか、見ただけではわかりませんでした。

我々はなかなか泊まる機会がないホテルなので、ホテル内ツアーをやっちゃいました。

朝飯
ビュッフェもあったのですが、和食レストランに入りました。メニューは普通の和定食でした。

部屋にルームサービスメニューがあったのでちょっと下世話ですお値段を調べてみました。
朝食はいろいろあって、この和朝食は3800円となっていました。
ルームサービスメニューは数え切れないほどあるのですが、我々が普通利用する3倍くらいの値段でした。
会席弁当7500円、コースで2万円以上、カレーもありました。2500円でした。庶民には縁遠い値段です。

豊洲新市場(1)
ここはかの有名な、大もめにもめた築地市場の代替施設です。何であんなにもめたのか、今となってはどうでもいいことですがやっぱり見過ごせない事がありますよね。

それは予定していた工法(盛り土をする)を役人どもが勝手に変えて作っていた、という事ですね。
盛り土は汚染土対策で必須だった、という認識ですが、違ったかな?
結果的には汚染問題は殆どなく、工法の変更も誰が指示したのか責任者はうやむやのまま、、、。
結果オーライであればいいじゃん、で終わりましたね、確か。

豊洲新市場(2)
2018年10月から取引開始ですから、行ったのはまだ開業から1年も経ってない時だったわけです。

私は10年以上前に築地市場の奥の奥まで入ってみた事があります。まだ見学の観光客も少なく、殆どの人は場外で何か食べてお土産買って帰る、という時でした。

その数年後から中国人、その他白人も含めて山のような観光客が築地に押し寄せるようになり、市場側も厳しい入場制限をやるようになりました。

ですから私のように、カミさんと2人で奥まで入るのは完全に無理になってしまいました。この時でもカミさんは卸人に怒鳴られたりしましたけどね。

そんな訳で新しくなった市場、どんなに活気があって、あの光る魚、宝石のように見える貝類、見るだけでビールが欲しくなる乾物、こいうものを見る事ができるか、大いに楽しみでした。

ここで結論、二度ときません、ここには
豊洲市場はその名前で客を呼び込んで、安くはない寿司とかを見学者に食わせる、ただの小さなレストラン街でした。

豊洲新市場(3)
実際の取引とかは、2階(3階?)の見学者通路からガラス窓越しに見えるようにはなっているのですが、全く一部しか見えません
その他のあの無数にある卸売り市場は殆どと言うか、全く見る事ができませんでした。

ですからここに来る観光客は実際の競りの現場とか、卸売市場の様子とか、言ってみれば”市場”の様子、雰囲気が見学できると思って来ると思うのですが、そういうように作ってはありませんでした。
はっきり言うと、何だこれは、見学者をバカにしているのか!と言われても仕方のないところです。。

豊洲新市場(4)
見学者達は見るものが全くなく、いやマグロの模型は置いてありますが、そこで「せっかっく来たのだから何か食べていくか」、という事で寿司屋とかが並んでいるスペースに自然と集まってきます。

ひょっとしたらそれが狙いか、と思いたくなるような仕掛けです。
ここが見学者が一番多く、見学者通路には殆ど人はいない、と言ってもいいくらいでした。
値段はどこの店も安くはありません。デパートのレストラン街の方が良心的じゃないか、と思いました。


豊洲新市場(5)
土産売り場もありましたが、”豊洲市場”というカラーは感じられませんでした。買い物をしたければ旧築地市場横の場外に行けばいいと思います。

豊洲市場は市場の見学はともかく、本来の機能はうまく回っており、安全性も高いそうです。
建設には6000億円をかけたそうです。

市場は観光客のために作られたものではないのはわかるので、観光のコースに入れる価値のないところなので外して欲しいと思いました。

銀座久兵衛(1)
昼食はホテルニューオータニの銀座久兵衛です。名前だけは知っているという高級鮨店です。
せいぜい寿司田しか行ったことのない私ですからこういう時しか行けない店、大いに興味ありです。

寿司田と言えばニューヨークでも行った事がありますが、最近閉店したのですね。職人のビザが取れなくて。

それはともかく、ニューオータニは現役の頃、2回ほど来た事があります。
久兵衛ではなく、ある人の迎えにロビーに、だけです。

銀座久兵衛(2)
一応ランチメニューで握ってくれました。上品なサイズでおいしかったですね。
団体さんで行ったのでもちろん別扱いでしょうが、普通に行ったら幾らくらいの予算なのか。

一貫当たり2千円見当だそうです。
上品なサイズなので10貫以上はいくので15貫として3万円ですか、、、。飲み物などを入れると4万円、、、。

懐石コースもあるのでそれだと3万円でいけるようです。
一緒に行ったグループのメンバーが2貫追加注文して4千円払っていました。

東京駅
2泊3日のグループツアー(パック旅行)、なかなか普段行けないところを効率良く回ってくれたので、それなりに満足しました。
同じコースを自分でアレンジして行った場合、間違いなくあと1日は必要ですし費用は1.5倍、いえ2倍くらいは必要じゃないかと思います。

出発まで時間があったので駅の喫茶店でグループの1組のご夫婦とコーヒーを飲みました。
時々こういう3日程度の国内旅行を楽しんでいる、と言ってみえました。

このツアー、豊洲市場意外は大いに正解、よかったです。たまにはこういう国内旅行もいいな、と思った次第です。一緒になったメンバーも皆さん時間などはよく守人ばかりでよかったです。

前から感じていた事ですが、やはり東京は大観光地ですね。いくらでも行くところがあるし、グルメも楽しめる。この次東京に行くときは、どこか1〜2カ所観光場所を決めておく、というのがいいな、と思いました。

さて、次はどこに生きますかね。まだ元気なのでどんどん旅行はするつもりです、、、。