李登輝の死(2020年8月8日)
今から30年程前の1990年頃、今と同じ夏の事だ。
ボクは会社のある先輩と、(記憶では)池袋の居酒屋で一杯やっていた。その先輩は語学の才能がある人で4カ国語の読み書き会話ができ、また政治・経済・社会などの幅広い分野にも深い知識を持つ人だった。

彼は会社員と言うよりいい意味で学校の先生という感じがする人で、アメリカ駐在から帰ったばかりだった。そしてボクが密かに尊敬をしていた人でもあり、いつも興味の尽きない話題で刺激をくれる人でもあった。

その先輩が台湾の李登輝について語った。
ボクは当時、李登輝については「数年前に台湾の総統になった親日的な人」、という程度の知識しかなく、詳しいことはあまり知らなかった。

「今の世界の中の一国の指導者で、日本で教育を受け、日本の事を正しく理解してくれ、そして日本人と日本語でコミニケーションできるのは台湾の"李登輝"だけだ。これがどんなに素晴らしく貴重な事なのか、どんなに大事な事なのか、殆どの日本人はわかっていない。」

先輩はそんな事を静かに話したと記憶する。
彼は雑誌などもアメリカ、イギリス、ドイツ、台湾、シンガポールなどのものを読んでおり、彼にとって日本語による情報というのはその中の一つに過ぎない、という人であった。視野の広さとはこういう事を言うのか、といつも感服をしていた記憶がある。

その李登輝が7月30日に亡くなったというニュースが流れた。
李登輝がとうとう亡くなった、、、97才という年令だったので驚きはなかった。ニュースを聞いて直ぐに頭に浮かんだのは、あの先輩が李登輝について語った言葉だった。

ボクはその先輩の話がきっかけで李登輝と台湾について興味を持ち、台湾の歴史などについてもいろいろと調べるようになり、その後台湾にも2回ほど旅行をした。

一番最後に読んだ本が李登輝が書いた”新・台湾の主張”(PHP新書)で、今から5年前である。
当時の台湾総統は国民党の馬英九で、それまでの李登輝の強力なリーダーシップで民主国家への進展を実現させ、経済も発展していたのが政治・経済ともに大混乱に陥っていた時期である。

この本は李登輝自らが書き、日本人秘書”早川友久氏”が若干の校正を加えたものらしいが、実に読みやすく李登輝の考え、主張がコンパクトにまとめられていた。当時はベストセラーになったと記憶している。

私は李登輝死亡のニュースを聞いて、もう一度この本を読んでみようと書棚を探してみた。本はあった。"新・台湾の主張"は新書サイズで全部で200ページしかないので一気に読めた。

李登輝の業績、それを貫く強い意志を形成するに至った経緯、そして日本に対する思い入れと失望、更に提言、2015年当時の台湾の問題点と歩むべき道など、分かりやすく書かれており、改めて強いインパクトを与えてくれた。

本文は「日台の歴史と絆を紡ぐにあたり、一本の映画の話から始めたい。」と映画”KANO”の話から始まる。

ボクはこの映画を2016年にバンコックから台北までのチャイナエアーライン(台湾のフラッグ・キャリアー)の機内で観た。
この映画を観て感激しない日本人、台湾人はいないと思う。

李登輝がここで言いたいのは"日本人精神"である。この本は"日本人精神"がずっと最後までバックボーンになって書かれている。
日本人精神とは、日本の敗戦後に大陸から来た中国人(外省人、その後の台湾の支配層と言ってもいい人達)が持ち合わせていない精神で、実は台湾人(李登輝は内省人の事を指している)が今でも誇りにしているものだという。

李登輝は日本人精神を、"勇気・誠実・勤勉・奉公・自己犠牲・責任感・遵法・清潔"、と言っている。この8つはすなわち武士道の精神である。
著書は我々日本人が最近はあまり出さずに、心の中にしまっている(とボクは思っているのだが)"日本人精神"について書かれた本と見做してもよいかも知れない。

日本人の素晴らしさと強さの根源は”日本人精神”にある事を見抜いているのは李登輝だけではなく、今の大陸共産中国も同じで、彼等はこれを軍国主義の根底であるという言い方をして否定し、日本と日本人を押え込んでいる。

李登輝は京都大、台北大、アイオワ州立大、コーネル大で勉強をした農学博士で48才までは学者としての道を歩んできた人である。
頭がよかったのは間違いないが、注目すべき点は非常に"実践的"な考えと行動力を持つ人だったというところだ。これは政治家、特に国のリーダーになる人が備えるべき最も重要な能力だと思う。

日本では机上の空論を振り回していた学者もどきの連中が国会議員とか知事になったりしたが、全く実績を上げることなく再び評論家になったり、大学に潜り込んでいる輩がいる。今の我々日本人には政治家を選ぶ目がない、と言われても仕方がない。

李登輝は学者出身であるが、これら日本の有象無象とは見事に一線を画している。李登輝はやるべき事を超具体的に組立て、それを実行をしていく人であり、大きな実績を残している。

それと李登輝は徹底した民主主義者である。
たった200ページの本の中に何度"民主主義"という言葉が出て来ることか。

台湾はかつてオランダ・スペイン・清国・日本の支配下に置かれ、台湾という独立国になってからはずっと今でも中国の脅威に晒されている。

中国の侵略から国を守り、経済的に発展をさせると共に国民の格差を極小化し、安心して住める国にするにはどうすればいいか、そのためには高度な民主主義国家を目指すしかない、これがこの人の思想の根底にあったというのがよくわかる。

そして台湾をどういう国にしたいのか、極めて具体的で誰にでもわかる言葉で書いている。

理想は高い、だがそれを実践的・具体的に噛み砕き実行していったパワー、これが一国のリーダーとして李登輝が突出していた部分ではないだろうか。


中国はずっと「台湾は中国の一部」という態度をとり続け、現在も露骨な軍事行動をとっている。これに対して李登輝は、「台湾は中国の一部」がいかに暴言か、実に明確に述べている。
そして最近の日本の中国に傾斜する、「中華意識」、について大きな疑問と警告を投げかけている。

日本はいつから中国の属国になったのか、、、。

李登輝の「新・台湾の主張」を読んでボクは次のような事を考えた。

日本に対する中国の精神的・思想的支配の基盤は1960年代に作られそれはその後見事に開花、既にマスコミ・学校・政府・企業、あらゆるところに浸透して親中国活動を行っている。

問題はこれらの親中国活動を行っている人達は普通に我々の周りにいて、それらの人達は自分の行動・言動が何をもたらしているか、気が付いていない点である。間もなく日本に対する精神的・思想的支配は完了する。
中国は非常に早い時期から細胞を養成してきた。(リンクあり)

経済的な支配は開放政策という名の下の中国に日本企業は争って進出、そして日本国内の産業は空洞化、中国に技術も資本も収奪された。
マスコは何も言わないが、中国に行った企業で本当に利益を出している会社は10社に1社もない。これは今や常識である。
少し古いが下段(*)の著書に詳しい。

こうして中国の経済的な日本支配は2010年頃にほぼその基盤が出来上がった。

最後に残るのは領土侵略である。これは今まさに実行されようとしている。まず尖閣諸島、次は沖縄と進める中国の計画を知らない、という日本人がいたらお目にかかりたい。

最後は日本本土となるが、これはあとしばらく時間が必要と言われているが意外と早いかも知れない。

日本は中部地方を境に西は東海省、東は日本自治区にするという地図は中国では出来上がっており、野党、政府与党の要人までこの地図を見せられているのは多くの人の知るところである。

1960年頃から始まった日本の精神的・思想的支配とそれに続く経済的支配、そして領土支配、今のままいけば2050年頃に全部終わるのではないか。彼等の戦略は日本人にはマネのできない、ひょっとしたらアングロサクソン以上に長期的である。

李登輝が言う”日本人精神”はこれと何の関係もない”軍国主義”と中国が結びつけて日本を責め、そして日本と日本人を骨抜きにした。しかし”日本精神”はまだ我々の心の中で眠っているだけで、呼び起こすのは今ならまだできるのではないか。そのためには李登輝のような信念を持ったリーダーが日本には必要ではないか、、、。

ボクは李登輝死去のニュースに接し、「新台湾の主張」を読み返し、そんな事を感じた次第である。


(*中国進出企業の実態と問題について)
・松原邦久著: チャイナハラスメント 新潮社
・青木直人著: 誰も書かない中国進出企業の非情なる現実 祥伝社