船旅のプレゼント(2018−04−22) |
Hさんご夫妻との食事はきっかり11:30に開始。ここは寿司とウナギで有名なお店で、先ずは一杯。 「私は、日本酒がいいのですが、Nさんは?」 という事で結局2時間半の間にビールと日本酒3本空けちゃいました。 Hさんは自分で撮った写真をA4の台紙の上に貼りカラーコピーをした自作のアルバムを持ってきてくれました。 捨身はきちんと整理され、80才とはいえ1級建築士、センスが違うな〜、それよりも私に合うためにこんなものを作ってくれて私はHさんのココロ遣いに感謝しました。 ![]() 事業開始は大正8年、会社設立は昭和31年という会社の歩みをまとめたパンフレット等も持ってきてくれ、食事をしながら説明をしてくれました。 市内、隣の市である亀山市の公共施設、学校、会社関係などの建築を過去何十年間もやっており、びっくりしました。 少々ぶしつけでだったのですが、会社を経営していく上でのキーは何か尋ねたところ人間関係のネットワークだと言い切りました。つまりネットワークなしではこの世界、仕事は来ないのです。 「技術?仕事が来なければ技術の意味がありません。コスト?1回は仕事はとれるでしょうが、それだけの話しです。」 「仕事をとった後は進捗管理、これに尽きますね、、、」 奥さんは非常に穏やかな幹事の方でしたが、昔は夜中に現場から帰ってきた親方連中に食事を作ったり、翌日は朝食の準備、もうそれは大変でした、という話し等をしてくれました。 これを聞いて、私は中学生の頃家の近くに工務店を経営してAさんとい方の奥さんを思い出しました。 奥さんはいつも両手に野菜とか魚とかが入った大きなカゴを持って、自宅を行き来していました。何人もの弟子が住み込みでいたので、その食事の世話に忙しそうでした。 母親が、「Aさんは本当に大変、毎日毎日買い物をしてご飯作って弟子に食べさせて、面倒見て、、、」、と言ってました。 そしてAさんの工務店はどんどん大きくなり、やがて有限会社A建設になり、今も私が中学生の時と同じ場所で事業をやっています。 Hさんの会社は規模も、そして歴史もA建設とは大きく違います。 しかし私はあの頃見た普通の家に掲げた、”A工務店”という白い看板を、ナゼか思い出してしまいました。 |
Hさんご夫妻には、船旅の大先輩としてのお話もいろいろと伺いました。Hさんご夫妻は今までずっと”にっぽん丸”で船旅を楽しんでおり、”ぱしふぃっくびーなす”は今回初めての乗船だったと仰っておりました。 食事、部屋の係、アットホーム感、その他いろいろな違いについて感想を伺うことができました。 私達の結論。やっぱり”にっぽん丸”にも乗ってみよう、でした。 昼間に飲む日本酒は結構効きます。効率がいいです。Hさんも赤くなって、私もかなりフワフワといい気持ちになった頃、お開きとさせて頂きました。 Hさんはまだまだお元気、父上(先々代の社長)は93才まで長生きされたそうです。奥様は全く年齢を感じません。 私の年令になると新しい人との出会い、というのはグンと減ります。 と言うか、そのうち減っていく方が多くなるでしょう。 今回は船旅のお陰でHさんと知り合いになるというプレゼントがありました。プレゼントに感謝です。 |