JA2IIN開局(2018年7月6日)
アマチュア無線局を開局するには、無線従事者国家試験に合格後し、無線局の免許を申請します。
無線局の免許を申請したが昭和40年9月頃で、JA2IINというコールサインの無線局免許状が届いたのは12月だったと記憶しています。

当時は今と違って10W以下の無線局免許申請時でも、送信機の回路構成(ブロック図)を詳しく書く必要がありました。
そして無線局の免許は、最終的に郵政省の技官が自宅に来て、無線機とかアンテナの検査を行った後に付与される、という手順が基本的にアマチュア無線局に対してもありました。
但し、出力10W以下のアマチュア局の場合は、この検査を省略する申請をする事ができました。

当時の私の無線従事者免許の資格では、元々出力10W以下の無線局しか申請できなかったので、この検査を省略できる申請方法をとりました。

実は無線局申請時に書いたブロック図の送信機は、まだ実際に手許にはなく、製作予定の送信機でした。
これは厳密にはダメなのですが、10W以下のアマチュア局の場合は、暗黙の了解のような形になっていたと思います。

私は本格的な送信機を作る前に3.5MCと7MC用の終段が2E26、807シングル・ハイシング変調方式の簡単な送品機を製作しました。
多分1日か2日で製作したと思います。

自分のコールサインで最初に電波を出したのはこの自作送信機からで、当時の交信ログを見ると最初の交信はJA2YDDというクラブ局(津工業高校)になっています。

この送信機はその後本格的な送信機が完成した後分解されて部品は他の何かに流用されました。
写真も1枚もなく、今となっては幻の送信機です。

本格的な送信機は高校受験に合格した後、両親にお金をもらってトリオTX88Aというキットを買って組み立てました。
最初の計画は受信機と同じように全部自作をする予定でしたが、自分で部品を買い集めて作るよりキットを買った方が安かったのでこの方法をとりました。

この送信機はその後2年間ほど使い国内との交信、更に海外との交信に大活躍をしました。
当時の多くのHAMはキットを組み立てても、1週間もすると改造を始め、半年もすると中味は大きく変わってしまうというのは普通でした。

私も毎日のように送信機のシャーシーをひっくり返して改良(改悪?)に勤しみました。
10Wの送信機とは言うものの、高圧には直流400Vが使われており、どんな本を見ても感電に注意するようにと書いてありました。

それまで受信機の製作などで使っていた高圧は直流200V〜250Vで、これでもまともに感電するとそれなりの感電ショックがありました。

その日も送信機の改造をしていました。

私は電源を入れたままいろいろと調整をしていました。
突然、右腕の中に棒を突っ込まれたような、今まで経験した事のない強烈ななショックを受けました。
そしてそのショックでバネ人形のように上半身をのけ反らせてひっくり返りました。

私は350Vラインをモロに手で触ってしまったのでした。
感電した右手をもの凄い勢いで引っ込めたので周りの部品とかシャーシの隅で手の甲にかなりのケガをしました。
同時に左手も右腕のショックで、もの凄い勢いで撥ね除けたので、机の角にぶつけてケガをしました。

ある人から聞いていたとおり、高圧で感電をするとそのショックで反射的に手を引っ込めたり身体が弾いたりするので、二次災害の方が大きいというのは本当でした。

これ以来送信機をいじる時は、電源が切られているか何度もチェックをするクセがつき、高圧の感電は経験していません。

キットの送信機が完成し、受信機も再製作をして高校生のアマチュア無線局らしい体裁が整いました。
受信機は1年ほど前に作った力作で得たノウハウを反映したものを新しく製作しました。
当時としては珍しいギアーダイアルを使った非常に使いやすい安定した動作をする受信機でした。

受信機製作のノウハウはこの2台目の本格的な受信機でもいろいろ得る事ができました。
とにかく自作受信機は部品のレイアウトと構造の機械的強度がポイントであるというのをイヤというほど知りました。
送信機もキットをベースに改良に次ぐ改良で大きく変わっていきましたが、TVI(テレビへの妨害)には最後まで悩まされ、解決はできませんでした。

またAM送信機は出力パワーもさる事ながら、変調の深さがポイントというのも、実際の交信で体得しました。
そのためにはPSG同時変調が何だかんだ言っても一番、これは今でも考えは変わっていません。

この送信機は2年間ほど使いましたが、日本全国はもちろんオーストラリア、南北アメリカ、ヨーロッパまで私の声を乗せた電波は飛んでいきました。
よく10WのAM電波でこんな遠くの局と交信できたと今でも感心します。

無線従事者免許は電話級とその半年後に電信級を取得していたので電信による交信もやりました。

電信の電波は電話に比べて非常に遠くまで飛ぶので海外との交信に適していました。
交信には世界共通の英語をベースとした略語を使うので、どこの国のハムとも交信できました。

最近の日本のハムの電信は和文(あいうえお、、の日本語)の符号で日本人同士の交信が多く、これは外国のハムにとっては暗号のようなもので理解できません。
電信による交信は世界中の誰とでも交信できるという点が長所なのですが、この日本の傾向は少し残念です。

ハムの交信は国境・言葉の壁を越えて行うものですからね。和文の電信は外国まで届かない周波数の電波でやって欲しいと思っています。