お上りさんの東京:2022/9/7〜2022/9/9
旅行もそろそろ海外に、と思っていたのですが大分前に計画をしていた東京にまた行ってきました。東京をバカにしてはいけません。東京はずば抜けた、日本一の観光地なのです。史跡もたくさん残っています。

ボク達は東京の隣の埼玉県に10年程住んだことがあり、その時も都内はあちこち行きました。その後アメリカに転勤になってからも日本出張時は必ず東京に何泊かしたので、休日はブラブラとあちこち行きました。
それでも行ったところは限られています。

今回はグループツアーへの参加で行ってきました。グループ・ツアーというのは時間を有効に使えるようにスケジュールが組んであり異動は勿論、ホテルも食事も全てアレンジされているので非常に便利です。今回も二カ所を除いて、一度も行った事のないところばかりの訪問でした。

そんな訳で2泊3日の東京観光、題して「お上りさんの東京」を写真と取り止めのないコメントで記録します。

名古屋のモーニング
ツアー集合は名古屋駅新幹線改札横に08:40。一旦集まって添乗員がメンバーの確認をして解散。次の集合まで20分以上あったので喫茶店に入りました。

名古屋の朝の喫茶店と言えば、モーニングセット。名古屋の朝の喫茶店は完璧にレストランなのであります。

普通モーニングセットと言えば、トーストとゆで卵程度と思いがちですが、名古屋のモーニングは和食から茶碗蒸しセットまで何でもあります。
ボクは控え目に”小倉トースト”を頂きました。

横浜チャイナタウン(1)
のぞみで一気に新横浜へ。ここで待っていたバスに乗り換え、横浜チャイナタウンへ。
新横浜は50年近く前を知っていますが、昔の面影は1ミリも残っていません。

チャイナタウンに着くなり、”ローズ・ホテル”で昼食。ホテルとここの四川料理は結構有名らしい。
料理は大皿でドーンではなく、みんながケンカしないようにウエイトレスが各自の皿に盛ってくれました。
味は”`Chainese Chainese”ではなくやはり”Japanese Chainese”でした。

横浜チャイナタウン(2)
ここで自由時間。ちょっと歩いて路地に入ると赤提灯だらけ。中秋節とかのせいなのか、前に来たときはこんなに多くなかったな〜、、、。赤提灯で一杯とはこの界隈は飲み屋で溢れているのかね

ボクはサンフランシスコ、LA、ボストン、ニューヨーク、シカゴ、トロント、バンクーバー、ホノルルなどのチャイナタウンに行ったことがあるけど全〜部、どこも夜は絶対に行ってはいけないところだったね。

ここはどうなんだろう。

旧伊藤博文金沢別邸(1)
日本国初代総理である伊藤博文が57才の時(明治31年:1893年)に金沢に建てた海浜別荘です。

かつてはこの近辺は東京近郊の別荘地として、多くの著名人が別荘を持っていたそうですが、その後大磯・葉山などが別荘地として栄え、ここは別荘地ではなくなりました。

建物は老朽化していたものを2007年に解体、2008年に忠実に復元したものです。
間取りに余裕はあるものの、一国の元宰相のものとは思えない質素な造りでした。

旧伊藤博文金沢別邸(2)
伊藤博文は周防国(山口県)の百姓の子として生まれ、父が足軽の伊藤家に養子で入ったため士分を得ました。
16才の時に松下村塾に入り頭角を現し、22才の時に藩命によりイギリスに密航、留学をしています。

伊藤博文は明治42(1909)年、ハルピンで朝鮮人の安重根によって暗殺されています。
ボクはハルピンに行ったとき、暗殺の現場を見たいと思っていましたが、ガイドは連れて行きませんでした。理由は明らかです。今回もらったパンフレットにも、暗殺の事は一切触れられていません。

横浜・川崎経由、東京へ
金沢から東京湾岸道路、首都高速湾岸線を使って東京に向かいます。道路両脇にはいわゆる京浜工業地帯が拡がります。
製鉄所をはじめとする各種工場、巨大な物流センター群がどこまでも続きます。

これらを見ていると単純に、「やっぱり日本ってスゴいな〜」と思います。

日本には3つの大きな工業地帯があります。京浜工業地帯、中京工業地帯、阪神工業地帯。
日本を支える、これらのパワーが失速しませんように。

東東銀座から中央道路へ
高速を降りて晴海通りを通ってホテルに向かいます。
右手に歌舞伎座が見えます。ここは中に入った事はありますが歌舞伎を観たことはありません。

この先に和光ビルがあり、アメリカから日本に出張した時、ビルの中にジャンパー着て入った事があります。
時計のショーケースを見ていたら、女の店員がボクをチラチラ見ながら、上司らしき男にヒソヒソ話しているのが見えました。
和光ビルの時計売り場にジャンパー姿で入るとどういう扱いを受けるか、、、あとで気が付きました。

帝国ホテル(1)
1泊目は帝国ホテルです。ここは日比谷公園の横、銀座と皇居の間、有楽町の横、霞ヶ関の隣、つまり超便利な場所にあります。
2年前にもここに泊まったのですが、さすがに何もかも完璧、しかし堅苦しさはありません。

明治23(1890)年に落成、日本を代表するホテルとして外国人を招聘する目的で60室でスタート、それが今では570室あります。
ロビーをブラブラ歩いてどういう人が出入りしているのか、それとはなしに観察させてもらいましt、

帝国ホテル(2)
部屋は本館15階、新しくはありませんが清潔で清掃が行き届いていました。部屋はもちろんエコノミークラスです。
ロビーで巨大なブーケ(?)に見とれていたらカミさんがボクよりちょっと年かさの男性から声を掛けられました。

「私もこれを気に入ってます。素晴らしい、、、え?ここにはよく泊まります。」

バッフェの夕食を頂いた後、銀座の方に行ってみるつもりでしたが生憎の小雨、部屋でビールを飲んでゆっくりと過ごしました。

旧岩崎邸庭園(1)
台東区にある岩崎彌太郎の長男、岩崎久彌の本邸でした。当時は2万坪の敷地に20棟の建物があったそうですが、今の敷地は1/3、建物は3棟しか残っていません。

バスを降りて長い坂道を登り切ったところに洋館があります。明治29年に建てられたものです。各部屋にはガスを使った暖炉風の暖房がありました。

岩崎彌太郎は土佐の出身、三菱財閥の創業者、癌で50才で亡くなり、2代目は弟の岩崎弥之助、これを建てた久彌は三菱3代目社長です。

旧岩崎邸庭園(2)
この洋館は常用していたわけではなく、年1回の岩崎家の集まりとか、客を招いてのパーティーとかのプライベートな迎賓館として使われていたそうです。

写真は2階の東側真ん中にある、”婦人客室”です。
各部屋の窓枠は当時はアルミサッシなどというものはなく、全て木製であった訳ですが、窓を閉める蝶ネジタイプのロック、これはボクの育った家にもあったのを思い出しました。

窓は何度も修理されていると思いますので、ロックは建てられた当時のもではないとは思いますが。

旧岩崎邸庭園(3)
洋館の裏手に併設されている”和館”です。完成当時は建坪が550坪あり、洋館を遙かにしのぐ規模だったそうです。

残っているのは冠婚葬祭などに使われた大広間の1棟だけです。欄間を見上げると菱形のデザイン、そうです三菱のロゴです。

洋館も立派ですが、和館も各柱とか敷居などに至るものまで、普段我々が見ることがない高級な建材が使われているのがよくわかります。
80年前の戦災の中、こんな建物がよく残ったものです。

雅叙園東京(1)
今回もっとも楽しみにしていたところが雅叙園東京の”百段階段”でした。
雅叙園は現在はホテル、結婚式場、レストランなどの複合施設で超近代的な建物です。

雅叙園の起源は昭和の初めに建てられた料亭で、”昭和の竜宮城”と言われる当時の建物で残っているのが3号館、100段の階段廊下で7部屋が繋がっています。

ボクが今回のツアーで一番期待していたのがここで開催されている”和のあかり展”を見ることでした。

雅叙園東京(2)
百段階段は東京都指定有形文化財に指定されています。
入り口で係の人からか「今日は見学者が少なくて良かったですね。」と言われました。

通常、見学者は人数制限をしており、グループでの見学はかなり待たされる事があるようです。
開催は7月25日から9月25日の2ヶ月間、時間は11:00〜18:00という限られた時間です。

こういう光のアートは日本は得意分野ではなかったのですが、最近は違ってきたそうです。

雅叙園東京(3)
百段階段の各部屋はその豪華な装飾で有名で、今回は”和のあかり展”で部屋が暗くしてあり、十分に見ることはできませんでしたが、少しだけ見れました。

作品はどれも素晴らしく、感激の連続でした。かなりの数の写真撮影をしましたが、あとで見ると感激の100分の1も撮れていません。
ですからこういうのは実際に見るしかないのですね。

「スルメの写真を撮って、いくら説明してもスルメの味を伝える事はできない。」、誰かが言ってたな〜。

雅叙園東京(4)
日本と欧米ではアートに関して、幾つかの違いがあると思うのですが、日本は個々の作品を見せる、というのが重点的なのに対し、欧米は空間全体をどう作るか、という点にも大きくウエイトが置かれていると感じます。

極端な言い方をすると、欧米のアートは立体的な印象がありますが、日本の場合は均等に並べる、というのが多いような気がします。
どちらがいいというものではありませんが、今回もこれをかなり感じました。

雅叙園東京(5)
百段階段の見学を終わって昼食のためにレストランに向かいましたが、この長い通路両側のアートも興味深いです。

アートに関して、ボクはある芸術家の講演で、「日本人は感想を言うが、欧米人は質問をする。」というのが忘れられません。今回のボクも頭の中では質問より、感想が多くを占めていました。何で?

ここは特に結婚式場に力を入れているようで、行き交う人も披露宴か何かに参加するような感じの人が多かったです。

雅叙園東京(6)
雅叙園の中にはたくさんのレストランがあります。我々はバッフェレストランで昼食を頂きました。料理の見た目は非常にいいのですが、味はイマイチでした。
選んだものがまずかったのですかね。

こういうグループツアーで来ると値段がわからないのですが、メニューを見ると税込み約4000円ちょっと。平均的ですね。

USドルに換算すると30ドル、アメリカの都会でこの値段(税込)では絶対に無理ですね。

雅叙園東京(7)
目黒には後輩のK君が住んでおり、住所を調べたら彼の家から500mくらいしか離れていない。

百段階段はもう一度来てもいいかな、と思いましたので寄ってみようと思いました。

ここはいろいろ興味深い歴史もありそうなので、今度じっくり調べてみようと思います。

新郎、新婦が中庭で幸せそうに写真撮影をやっているのが印象的でした。

迎賓館赤坂離宮(1)
2年前にも来ました。再度訪問。
「日本で唯一のネオ・バロック建築の西洋宮殿」、もらったパンフレットには書かれています。中は一切写真撮影禁止なのでカメラの写真はありません。

国賓を招いたり、重要会議に使ったりしていますが、所詮は西洋のコピー天井画なども宗教画に近く、つまりキリスト教文化のコピー。

日本国の迎賓館ですから、純日本風にしてはどうかと思うのですがね。招かれた国賓は何と感じているのでしょうかね。

迎賓館赤坂離宮(2)
ここは紀州徳川家の下屋敷があり、明治になって皇室に献上され、今の建物が建てられました。

江戸時代の地図を見ると江戸城下町の土地の80%は武家地、20%が町人地で武家地も大大名が広大な土地を占有していたのがよくわかります。

中の見学の時にボクは鼻マスクをしていたら係員に注意されてしまいした。
暑くて湿気のある中、マスクをしての見学はかなり苦痛でしたね。

ホテルニューオータニ(1)
迎賓館を出て御所をぐるっと左回りでホテルニューオータニまで。途中青山一丁目を通過、実はここにボクのいた会社の本社があり、ボクはここに何年も通勤してアメリカに転勤後も出張では必ず来ていた場所です。

このホテルは会社から1.5kmくらいのところにあり、何度か来た事がありますが、宿泊は初めてです。1500室近くの部屋がある、巨大ホテルです。

中にはブランドショップが並び、レストラン等も40(!)あるそうです。とにかくデカイ!

ホテルニューオータニ(2)
ここはかつて尾張徳川家の屋敷跡で2万坪以上ある広大な敷地です。東京オリンピックで来る外国人用に、1000室のホテルとして2年で建てられました。

本館の上には直径45mの回転レストランがありますが、今はナゼか回転させていないそうです。
ボクはバンクーバーとトロントで回転レストランで食事をした事がありますが、景色を今でも忘れられません。

中には本格的な日本庭園もあり、私たちも少し散歩してきました。

ホテルニューオータニ(3)
夕食は15のレストランから自由に選べるようになっていました。前に”銀座久兵衛”に入って気に入っていたので、今回も行ってみました。
ハズレでした。

久兵衛は本館とガーデンタワー館の2カ所あったのですが、ガーデンタワー館の方はよかったようです。
そう言えば帰る頃は20:30頃だというのに、客は私たち以外に一組しかいませんでしたね。

コースは1万円から3万円まで各種ありました。

ホテルニューオータニ(4)
久兵衛に来ている客とは一体どういう人達なのか、ボクは人間観察をさせて頂きました。全部で5組いましたが、一組以外は夫婦ではなさそうな感じでした。

私たちの後ろの椅子席にいたカップルは、女性が突然椅子を蹴って出て行ってしまい、その後を男性が追いかけていった、、、話が何かもつれたのですかね。

ボクより年配者もスーツにネクタイなので皆さん現役なんですね。ツアー客は勿論私たちだけでした。

ホテルニューオータニ(5)
朝食も4つのレストランから選べるのですが、昨日の帝国ホテルと同じ”なだ万”に行ってきました。
別に比べるつもりはありませんでしたが、帝国ホテルの方がワンランク上でした。

ホテルチェックアウトのあと、フロントに15人くらいのアジアからの団体がいたので声をかけると、ベトナムから来たという事でした。30代前後の若い数人と話したのですが、英語はウ〜ンというレベルでした。
バスの団体名を見ると”XXXX PROVINCE”とあったので、会社関係ではなさそうでした。

皇居前
ホテルを出て永田町、霞ヶ関の国会・官庁街などを抜けて皇居前を通過。

ボクは仕事で国土交通省に行った事があります。事務所の乱雑さにはびっくりしたのを覚えています。
小さな狭い会議室で若い担当に20分ほどに説明、そして尋問(?)されて帰ってきました。アメリカに転勤してからの事で、ちょっと冷や汗をかきました。

あとは文科省(当時は文部省)にも入った事があります。古い建物、廊下、会議室でした。

旧古河邸(1)
北区にあり、JR京浜東北線”上中里駅”の近くです。ここは旧古河財閥の3代目当主古河虎之助の邸宅として大正8(1919)年に建てられたところです。
土地は約1万坪、洋風庭園と日本庭園があり、会社経営の内外の商客接待のための迎賓館として使われました。

戦後GHQに接収、返還の後は荒れ放題になっていたのを、1989年に修復工事が行われ、現在の姿になっています。

この日は生憎小雨模様で庭園の見学がゆっくりできませんでしたが、本格的な日本庭園は見事でした。

旧古河邸(2)
邸宅前の洋風庭園の隅の方で何やら撮影をしている集団を発見、何をしているのか聞いたところYOUTUBE掲載用の動画を撮影しているとの事でした。

撮影の中心人物と思われる若い女の子は、「仕事を持っているのですが、こういうのが大好きなんで趣味でやってます。ええ、ちゃんと仕事してます。はい。」、と特に何も聞いてないのに話してくれました

詳しくは聞きませんでしたが本格的なカメラ、数人のスタッフがいて、趣味だけとは思えなかったのですが。

鳩山会館(1)
バスは文京区の鳩山会館へ。大正13(1924)年に鳩山一郎によって建てられた洋館で1995年に大改修、建築当時を忠実に再現したものです。

ここの館長は彼の有名な鳩山由紀夫氏で、応接間のソファーに座るとこの人の挨拶のビデオが流されています。

鳩山一郎は初代自民党総裁、総理大臣であり「友愛」をモットーに掲げていた、とありました。
建物の中は割とこじんまりとしており、珍しく靴を脱ぐことなく中の見学ができました。

鳩山会館(2)
この建物は文京区の音羽にあるので”音羽御殿”と呼ばれていたそうです。
鳩山一郎はこの自宅を政治の場に活用し、記者会見もここでやったそうです。
鳩山一郎はクリスチャンでかつフリーメイソンだった、というのを何かの本で読んだことがあります。
”友愛”もこの辺りから来ているのかも知れません。

いい庭があり入ろうかと思ったのですが、集合時間に間に合わなくなりそうだったので行けませんでした。

鳩山会館(3)
ここはテレビドラマなどのロケにも使われるらしいのですが、ボクは知りません。確かにこの雰囲気はセットなどでは出せないでしょうね。

階段の大きな踊り場の窓には、見事な和風のステンドグラスが入っています。
”鳩”は鳩山家のシンボルに近い存在で、このステンドグラスにも何羽もの鳩が入っていました。

2階の大広間は貸し出しも行っており会議、親睦会、クラス会などにどうぞ、とパンフレットには書いてありました。

東京ステーションホテル(1)
鳩山会館から東京駅へ。
ここからは東京ステーションホテルを見学して昼食、そして新幹線に乗って名古屋に向かうというスケジュールです。

2012年に東京駅のリニューアルに伴ってホテルも新しくなって営業されており大人気のホテルでもあります。

限定された部屋のみですが、窓からドーム下を行き来する人の姿も見える大変ユニークなホテルです。

東京ステーションホテル(2)
ホテルとしては150室あるそうです。廊下の造りなどもなかなか高級な感じがします。
東京駅の上にある、というのは便利この上なしのロケーションですね。
それに東京駅というのは何でもあります。レストラン街、居酒屋街もちゃんとあります。

ネットで宿泊代を調べるとかなり強気の値段で出しています。1泊7万以下は殆どありません。
税込み$500、このクラスでNYとかだったらあり得ないですね。

東京ステーションホテル(3)
95uの最高級の部屋を見せてもらいました。宿泊料金は50万円

クルーズ船「飛鳥U」のロイヤルスイートルームを見せてもらった事がありますが、部屋としては飛鳥Uの方が豪華な造りになっていた印象があります。
飛鳥Uは3食付き、各種サービス込みで1泊当たり35万円ちょっとでした。(橋田壽賀子は一時期、年間を通じてお手伝いさんと2部屋借り切っていたそうです。)

「この部屋予約はありますか?」と案内の女性にきいてみたところ「あまりありません。」との事でした。

東京ステーションホテル(3)
昼食はホテルのバッフェレストランでコースを頂きました。ここは宿泊客の朝食、我々のようなグループ・ツアー客のランチに使っているそうです。

カミさんはここのホテルに泊まった事があるので、このレストランで朝食を摂ったそうです。よかったと言ってます。

出されたメニューはシンプルでしたが大変美味しく、今回のツアーの中で一番だったかも知れません。広々としたレストランを貸し切り状態で使えたのもよかったです。

名古屋まで帰ります
今回のメンバーは男1名+女7名の8名グループ、ひとり参加が男1名と女2名、夫婦2組で4名、つまり全部で男4名と女13名の合計17名という顔ぶれでした。

年令は30代が1名以外は私と同世代と少し上、という感じでしょうか。まあそれぞれマナーもわきまえ、スムーズに行動できました。

東京の中で、行けそうでなかなか行けないところをバスで観光、そして少しだけ美味しいものを頂く、、、皆さんそういう旅を楽しまれたのだと思います。

旅で一番気になるのはお天気、今回は3日目の午前中(旧古川邸訪問時)に少し雨が降った以外はずっと曇り空でした。惚れて欲しいと思ったのですが晴れればこの季節、汗がが噴き出て結構大変だったかも知れませんので、曇りで案外良かったと思います。

時間的に少し余裕のあるスケジュールで、バスはゆったりと1人で2席を使い、みんな年配者なのでギャーギャー騒がない、子どもはいない大人の世界、こういうグループツアーもいいものです。

ツアー全体としては10点満点の8点くらいだったと思います。