今年の久米島:2025/07/10〜07/18
今年の久米島、秋から冬にかけて行こうかとぼんやり考えていたら、他の旅行計画とかイベントで先に日程が埋まってしまい、結局7月になってしまいました。
今まで行った7月の久米島はイヤになるくらい暑かったのですが、それほど暑いとは感じませんでした。

今回の久米島訪問ではホテルを渡り歩いたり、今までに行った事のないところにも行ったり、新しい人との出会いもあったりで、いつもとは違う変化が少しありました。

以下に”ブラリ久米島ひとり旅”のハイライトです。

いきなり鰻丼
14:50のフライトで那覇まで、更に30分の乗り継ぎで久米島、というスケジュールです。
自宅は10:00頃に出発なので、空港で昼食を撮る必要があります。

時々行く名古屋の名鉄デパートにある”まるや”は空港にも店を出しており、今回はここに入ってみました。
味は名鉄デパート店と同じで香ばしく、グッドでした。

皆さん何を食べているのか観察をすると、”ひつまぶし”が圧倒的に多かったです。

フライトが遅れました
那覇までのフライトが20分遅れとなってしまい、30分の乗り継ぎはダメか〜、久米島までは最終便だし、今夜は那覇で一泊か〜、、、。

と思って那覇に着いたら、ゲート出口でRACの女性に「Nさんですか?」と声を掛けられました

何と久米島便の飛行機が私ひとりのために待っていてくれたのでした。
大きなバスにボクだけ乗せられ、飛行機の横まで。
ありがとうございます!!

ガーデン・ヒルズ・ホテル(1)
久米島で70年前に最初にできた近代的ホテル、初めて泊まります。
事前にAさんとTさんに、ここに泊まる事を連絡したら、「エ〜、そうですか〜」、という微妙な返事。

部屋は一番広い部屋にしてもらって、朝食込みで1泊9600円。部屋に入るとキュキュキュという鳴き声、ヤモリです。別の場所からも聞こえるので、2匹がお出迎え。

お湯の出は少々(かなり?)悪いですが、海も僅かに見えるし、たまにはこういうホテルもいいか〜、と。

ガーデン・ヒルズ・ホテル(2)
チェックインはオーナーのMさんがやってくれました。
部屋数は60室だそうで、朝食時の感じでは15人くらいが泊まっていました。
利用者は、本島などから来島した仕事関連の人達のようで、観光客風は私ひとりでした。

食堂のオバさんに「どこから来たの?」と聞かれたので、私も同じ質問をすると、愛知県からの移住者。
お隣さんですね、という事で食事後コーヒー飲みながらしばし雑談でした。
しかし朝食の盛りはすごかった〜、、、。

夕食の居酒屋(1)
ホテルはフェリーターミナルの横にあり、このエリアは久米島の3つの集落のうちのひとつです。

ここは私がいつも泊まるホテルのエリアから、6〜7kmほど離れており、ここで夜の一杯をやった事は数回しかありません。この日はホテル近くの”松乃屋”に行きました。

中に入ると客で一杯、やはり観光客風はひとりもいません。全部地元の人ばかりのようです。
カウンターの席が空いたので、そこに座って先ずビール、そして泡盛を注文です。

夕食の居酒屋(2)
座ったカウンター横にはハブ酒が2瓶置いてあります。
ハブ酒は最低でも漬け込んでから1年、普通は3年以上寝かせます。
久しぶりにロックにして飲んでみました。ここのハブ酒は黒糖が多めに入っているのか、結構甘口でした。

ちなみに値段は30ccから40ccでロックにして一般的に800〜1000円、ここは1000円でした。

ハブ酒作りは手間が掛かるのと、何年も寝かせる必要があるので、一般の人が思うより高価です。

パークゴルフ場
久米島にはパークゴルフ場はありますが、ゴルフ場がありません。3日目に友人のAさんから誘いを受け、プレーしてみました。
私はパークゴルフをやるのは初めてで、まあ言ってみれば”ゴルフ風スポーツ”ですね。道具は専用のクラブ1本とボール1個、あとはティーだけ。

前日Aさんの同級生のモアイに特別参加をさせてもらい、この時にいた教育委員会のSさんと3人でプレー。
気温は30℃以上ありましたが、曇り空で日差しが殆どなく、割と楽に18ホールを回る事ができました。

ホテルを移動
ガーデン・ヒルズに2泊、ヤモリちゃんにお別れして、久米アイランドホテルにやってきました。
ここはイーフビーチの通りの南端にあり、今までホテル前は何回通ったか、わからないくらい目にしていたホテルで、泊まるのは始めてです。

久米島は毎年2月にプロ野球チームの楽天がキャンプをします。久米島には今は2軍しか来ませんが、かつては1軍・2軍が来ており、その時の1軍の宿泊ホテルがここでした。

きれいなホテルで、宿泊費もリーズナブルです。

快適なホテルですが
部屋はリフォームされており、非常にきれいです。
トイレ、風呂も最新の快適な設備です。前日までのホテルでちょっと困ったお湯の出も、問題ありません。
広さも申し分なく、私は5F/6Fに宿泊をしました。

ただ、ボクが宿泊必須条件にしている「部屋から海が見えること」、というのがダメなのです。
海は左側に僅かに見えるだけです。

今となってはなつかしい、ガーデン・ヒルズ・ホテル同居人の”ヤモリちゃん2匹”とは、お別れでした。

今夜の一杯(1)
今回はいつも泊まるイーフビーチ・ホテルは4泊にして、その前にガーデン・ヒルズ・ホテルに2泊、久米アイランド・ホテルに2泊というスケジュールです。

理由はイーフビーチ・ホテルの宿泊費があまりにも高くなっているからです。
ガーデン・ヒルズに比べると3倍、久米アイランドとは1.6倍という値段で、これじゃね〜、という次第でした。

ボクの好きな居酒屋”波路”までは500m以上、ブラブラと歩いて行ってみました。

今夜の一杯(2)
居酒屋”波路”は魚関係が非常に充実しており、中身も良心的です。ボクはまず刺身を注文します。5点盛り(各5切)で1000円程度です。

ボクが必ず頂くモノの中に、グルクン(高砂)の唐揚げがあります。高砂は全国あちこちで呼び名が違うのですが、ボクはナゼかこの店の唐揚げが一番気に入ってます。

海ぶどう入りの卵焼きとか、本土ではなかなかお目にかかれない、泡盛を頂くには最適の料理もあり、ボクはここに来ると「久米島に来たな〜」としみじみ思うのであります。

ブラブラとホテルに帰ります
日本人はどこに行ってもシャカシャカ歩き、走ったりもしますが、これは南国生活ではダメな動きなのです。
理由はすぐに汗をかくからです。

南国生活のコツのひとつに”セカセカ歩かない・動かない”、というのがあります。ボクはこれをシンガポールに行った時に、現地人に教えられました。黙っていても汗が滲むのに、こんな動きをすれば汗が噴き出ます。

波路の帰り道、ボクは新しくできた店などを眺めながら”ダラダラ”と歩いて帰りました。

”トナラー”について
「他に空席がたくさんあるにもかかわらず、わざわざ自分の隣に座ってくる人」を指す言葉です。隣er、かな?
・映画館でガラガラなのに、自分のすぐ隣に座ってくる。
・駐車場で多く空いているのに、隣に車を停めてくる。
・図書館やカフェなどでも、わざわざすぐ隣に座る人。

ボクはある理由により、他人との間合いに非常に敏感です。今回の久米島訪問期間中、ホテルの朝食時のレストランでトナラーを2回やられました。
いずれも年配のご婦人でしたが、ボクはさりげなく間合いをとらせて頂きました。

久米島の鍾乳洞:ヤジヤーガマ(1)
2ヶ月前のMSCベリッシマで石垣に寄港したとき、大きな鍾乳洞を見学し、その時に沖縄には鍾乳洞が多い、というのを知りました。

久米島のAさんに「久米島に鍾乳洞はないですよね」とラインすると、「いや、あります。でもね〜、、、わかりました、今度見えた時に案内しましょう」、という意味深な返事。

確かに鍾乳洞は観光地図に載っており、行ってみると入り口には説明書きもあります。
Aさんの案内でさっそく入ってみました。

 久米島の鍾乳洞:ヤジヤーガマ(2)
鍾乳洞に入って10m、左側の大きな穴に無数の割れた瓶(カメ)、そして無数の人骨がゴロゴロ。これがAさんが、曖昧な返事をした理由です。

沖縄は人が亡くなると火葬や土葬をせず、遺体は自然腐敗させる風葬文化でした。
遺体は雨風・動物(!)により白骨化、数年経ったところで”洗骨”をして瓶にに納める、という手順です。

ナゼ鍾乳洞に瓶に入れられた骨があるのか?それは墓を作れない人達が、鍾乳洞を墓代わりにした名残なのです。

久米島の鍾乳洞:ヤジヤーガマ(3)
鍾乳洞は長さ800mまでは入れます。内部は照明設備はなく、足下も整備されておらず、殆ど自然のままです。

ですから明るい懐中電灯かランタンが必要で、下は水浸しなのでゴム長靴が必要です。
これらは全部Aさんが準備してくれていました。

ここに入るのはAさんも高校生の時に1回、その後1回のみで、今回は30年振り以上だと言ってました。
懐中電灯を消すと漆黒の世界になります。気温は外より低いのですが、すごい湿気でした。

久米島の鍾乳洞:ヤジヤーガマ(4)
長い長い鍾乳洞の先に天井が抜けた、ぽっかりと空が見える場所があります。上からここに下りるのは無理です。

ここまで来る間には、コウモリが飛び交ったりする場所もあり、ここから出入りするのでしょう。鍾乳洞の中で、多くのコウモリとの顔合わせはゾクゾクでした。

天井が抜けたところで、誰かが設置したのか一本のロープが真っ直ぐに下りてる、、、と思ったら直径3〜4cmの木の根。長さは10m以上、鉄のように固く、押しても引いてもびくともしませんでした。

久米島の鍾乳洞:ヤジヤーガマ(5)
巨大な鍾乳石です。この”つらら”が1cm伸びるのに必要な年月は30年〜100年、だそうです。
つまり1m伸びるためには3000年〜1万年という計算になります。
長いもので3〜4mくらいなので30〜40万年?。但し一部の調乳石は天井から地面に到達、石柱化しています。
中には折れて床に転げているものもありました。

ボクはブラジルに10mを超す長さの鍾乳石があるというのを聞いたことがあります。
これなどは100万年になります。

久米島の鍾乳洞:ヤジヤーガマ(6)
今まであちこちの鍾乳洞に入りましたが、いずれも他に多くの人がいました。ここは観光スポットではありますが誰の姿もなく、Aさんと2人でのミニ探検のような感じでした。

ここには人骨がたくさんあると行く寸前にAさんから聞いていたので、ボクはペットボトルを持参、お骨と瓶のあった周りに水をまき、供養をしました。
鍾乳洞を出たあと、Aさんの持ってきた塩を身体に振りかけ、「場の気」を持ち帰らないようにお清めをしました。

ヤジマーガマ探訪、大変興味深い経験をしました。

島のよろず屋さん(1)
久米島は大きくは4つの集落があり、大きなスーパーも2つあります。それ以外に各集落には、集落密着型の小さな店が幾つもあって、島民の生活を支えています。

そういう中の一軒に入ってみました。野菜、調味料、飲み物等が売られており、観光客が買うような民芸品も置いてある”よろず屋”さん。久米島そばも食べさせるので、簡単に昼食を済ませたい場合などにも利用できます。

鍾乳洞探検の後、何か冷たいモノでも、という事でかき氷を頂きました。

急遽ハワイです
Aさんが本土の放送局の女性レポーターを島内案内したときの事です。
彼女が「あっ、ダイヤモンドヘッド!」と叫んだのが、空港からイーフビーチへ行く中間地点からの島尻方向です。

ボクはこの道を今まで何十回と通っているのですが、今回Aさんに言われるまで気が付きませんでした。
確かに言われれば、山のラインはハワイ・オアフ島の”ダイヤモンドヘッド”似ています。

やはりレポーターというのは観察力があるのですね。

久米島博物館(1)
久米島の教育委員会の建物の中に、立派な博物館があります。ボクはここに4回程来た事がありますが、今回はAさんと一緒に来ました。

ここでAさんの知人のNさんという学芸員を紹介され、今回のヤジヤーガマの探検に関しての風葬などの慣習、その他沖縄城時代、王朝時代の事を詳しく聞くことができました。

博物館も観光案内に載っていますが、ボクが過去に観光客を見たのは数人だけです。ここには充実した資料室もあるので、この次にでもゆっくりと来ようと思います。

久米島博物館(2)
沖縄で見られる、亀甲墓(かめこうばか)や破風墓(はふうばか)といった形式の墓を築けたのは、基本的に上層階級(禄高持ち士族以上)で、全体の2%程度です。

士族は10%程度いたものの、8%は禄をもらっておらず、名誉士族のような存在で自活民であったという事です。
従って98%の人々は簡素な墓への埋葬、あるいは今回見たような洞穴への埋葬が行われていたようです。

博物館には骨を入れる上層階級用の立派な瓶が展示されていましたが、そういう説明書きは特にありませんでした。

イーフビーチ・ホテル(!)
ボクはこれまで久米島は100泊程度、1泊を除き全てイーフビーチ・ホテルに宿泊していました。
しかし今回は他に2つのホテルに泊まってみました。

理由はイーフビーチホテルがあまりにも高くなった、一度他のホテルはどうなのか知りたかった、という2つです。

結果、高いもののボクの久米島滞在は、イーフビーチ・ホテルが一番、というのを再認識しました。
でもこの7〜8年で宿泊費が2〜2.5倍、何とかなりませんかね〜。

イーフビーチ・ホテル(2)
今回2つの初めてのホテル、それぞれ特徴があって、それはそれで悪くはないのですが、ボクにとって致命的なのが部屋から海が見えない事です。

ボクが久米島に来る目的の半分はホテルライフで、その中の最も大きな要素が部屋の中から海と空と雲が見える、というのがあります。
朝目覚めてベランダに出て、イーフビーチの白い砂浜と青い海と空をしばし眺める、これを見ながら歯を磨く。
ボクはこの風景が何も遮ることなく楽しめる、3Fの一番奥の部屋を指定しています。

イーフビーチ・ホテル(3)
ホテルには海洋深層水の大浴場があり、これもこのホテルを利用する理由のひとつです。
湯船に浸かりながら、白い砂浜と青い海と空が見えます。

利用時間は06:00〜10:00、14:00〜22:00で、ボクは真っ先に14:00に入ります。
16:00くらいまでは、普通は誰もいません。
ボクは最初に下着とか靴下の洗濯をして、その後は湯船に入ったり出たり、、、。

こんな明るくて開放的な大浴場は少ないと思います。

居酒屋”波路”
イーフビーチには15〜20軒くらいの居酒屋、食堂、スナックなどがあります。ボクはいろいろ行ってみましたが、結局その中の4軒に落ち着きました。

居酒屋”波路”は久米島に着くと最初に行く店で、まず泡盛を1本入れます。Aさんと行ったとき、元べっぴんさんの仲居さんに「あら、Nさんいらしゃい」と言われ、びっくり。

そして何と1年前にキープした泡盛を、今回注文した分と一緒に持ってきてくれました。どうしてボクを覚えていてくれたのか、心当たりはあるのですが、嬉しかったですね。

居酒屋”波路”でのミーティング
Aさんには毎回大変お世話になるのですが、”波路”でもミーティングをやりました。
ボクは観光客ですが、地元の方と一緒で顔を覚えてもらうと、店の方の態度が変わってきましたね。

今回は東京から2週間前に、久米島に移住してきたというMさんが加わり、閉店過ぎてもダラダラ飲みました。

Aさんは現役時代に、学校のあるプログラムの担当をしており、その時にそのプログラムの利用者であったMさんを支援していたという事でした。

ホテルの朝(1)
13年前に初めて久米島に来た時のある日の朝の事。
レストランの外にはBBQ用のテーブルがあり、ここで朝からビールを飲んで海を眺めている人がいました。
ボクはその人のリラックスした雰囲気に興味を持ち、声を掛けました。

「朝から海を見ながらビールを飲む、これが久米島ライフです。最高ですよ。大阪から時々4〜5日間くらい来ます」

今も景色・テーブルはその時と同じ、ボクはこれをマネてやろうとずっと思っていますが、まだできていません。

ホテルの朝(2)
食事後ビーチを散歩することがあります。
イーフビーチは公称1kmの長さがあり、大変きれいです。宿泊客で海に入って遊ぶ人も結構います。

この日は朝から海に入っている人が一人いました。ホテルから4〜5km先の島尻崎の沖にそびえる巨大な”トンバラ岩”、この付近は中級〜上級者のダイビングスポットです。

ボクが見ている間、この人はトンバラ岩の方をズーッと向いて動きませんでした。空・海・波・トンバラ岩、そして人。何となく久米島らしいショットが撮れました。

三線の稽古(1)
琉球古典音楽としての三線、民謡とかではなく宮廷音楽を起源とし、慶事・儀式・舞踊などの時に弾くものです。
これを弾ける人が最近少なくなっており、友人のAさんの従兄弟のAHさん(左奥)を先生に、毎週4人が習っているのを見学させて頂きました。

ここでFM久米島のパーソナリティーのIさんに再会(右手前)、ボクは以前にあるきっかけで、FM久米島の30分のトーク番組にゲストで出た事があり、8年振りでした。

歌詞は”琉球語”で私には全くわからない言葉です。

三線の稽古(2)
稽古の後は持参の泡盛とつまみで宴会。
AHさんは娘さんがスイスにおり、この前に1ヶ月間滞在、その間にドイツ・オランダなどを旅行したそうです。
又昨年はMSCベリッシマでクルージングもやっており、そういう話で互いに盛り上がりました。

AHさんは8月にフィリピン・セブ島の英会話スクールに1ヶ月間留学の予定との事、驚くほど活発な63才です。
AHさんは何年か前に紹介され、英語を勉強しているというのを知り、英語の参考書をプレゼントした事があります。AHさんからは今回も、お土産に古酒の泡盛を頂きました。

 久米島の風景(宇江城城跡)
久米島には沖縄県内で最も高い場所にある城(グスク)、宇江城があり、標高310mあります。築城は1400年代、琉球王朝統一(1500年代初頭)で廃城になったそうですが、石垣や郭の構造が今も残っています。

ここで人に出会うことは殆どありません。
しかしこの日は島民の土木作業員風の方が上がってきたので、カメラのシャッターを押してもらいました。

この横には航空自衛隊のレーダー基地があり、そのロケーションの良さが納得できます。

久米島らしい風景(1)
海の色は潮の満ち引きの状態、天候と時間帯(太陽の角度)などによって七変化します。
今回の8泊9日の久米島滞在では10点満点の7点くらいの日が3日間、残りの日は10点満点の4点以下で、ちょっと残念でした。
久米島滞在中は”海と空と雲”を見るのが楽しみのひとつなので、天気がいいと必ず出掛けます。

従ってレンタカーが必須です。ドライブでは途中では冷たい水を買ったり、アイスクリーム食べたりします。
でも14:00までには必ずホテルに戻ります。

久米島らしい風景(2)
久米島には10カ所くらい景色の良い場所があり、そのうちの3カ所は屋根付きの展望台になっています。ボクはこの中の2カ所で、ランチの弁当を頂くことがあります。

ボクはナゼここまで海の風景が好きなのか、自分でも不思議に思う時があります。
久米島では午前中は海と空を見てランチを頂き、14:00から風呂に入り、15:00からラウンジでビールを飲みながら読書、、、。
そして18:30〜19:00から居酒屋で一杯、これがボクの久米島ライフの基本パターンです。

泡盛の発送
久米島に来ると泡盛を6本を自宅に送ります。最初に久米島に来た13年前は1升が2千円だった米島酒造の”美ら蛍”、これが今では3千円以上、空港では3千6百円です。

ボクは自宅での晩酌は日本酒、泡盛、たまにワインを飲みます。焼酎は身体に合わないので、飲まなくなりました。

”美ら蛍”の米島酒造の見学をした事がありますが、社員は5名だったか6名でした。通販はやっているようですが、本土の酒屋で見る事はありません。
幻の泡盛です。

今回の久米島最後の宴会
久米島には海洋深層水発電の研究施設があり、ボクとカミさんは10年前に施設の見学をさせてもらいました。
その時に説明をしてくれたのが、ここで働くベンジャミン・マーティンというアリゾナ出身のアメリカ人でした。

Aさんは最後の夜にベンを呼んで、宴会をセットアップしてくれました。
ALTで日本に来て、その後研究施設に就職、説明の時は29才の青年でしたが、今や40才。
仕事の話、日本人の奥さんとの間にできた2人の子どもの話など、大いに盛り上がりました。

帰る日の朝です
前の日も22:30分頃まで宴会でしたが、5時半には目が覚めました。窓の外を見ると日の出です。

フライトは08:50、07:00からの朝食は食べないで、07:15にチェックアウト。カウンターで手続きをしていると、ホテルの支配人から声を掛けられたので、滞在中の感想などを伝えました。

カウンターにはネパール人の係も出てきて、1年前のボクの事を覚えていてくれました。
次回訪問は年明け1月か2月くらいですかね〜。

久米島空港
レンタカーはガソリンを満タンにして、空港のレンタカー返却用パーキングに置いていく、というシステムです。

ところが空港までの途中にあるGSが閉まっており、給油ができませんでした。
そこでレンタカー会社に電話を掛けて事情を説明、ガソリン代として少し多めの現金をダッシュボードに入れておく旨を伝えました。

那覇までのフライトは、那覇から久米島の第一便到着が遅れ、出発は20分遅れとなりました。

那覇空港
那覇では朝食兼昼食を頂き、ラウンジに入りましたが、ラウンジは満席状態。
JAL/JTA/RACは、最近サクラ・ラウンジの利用資格を緩くして、利用者をどんどん増やしているのです。

そこでボクはラウンジを出て、空港内の土産物売り場などをブラブラと見て回って時間を潰しました。相変わらず琉球ガラスのコップなどが人気のようでした。

那覇から中部セントレアまでのフライトも30分遅れとなりましたが、快適なフライトで無事到着しました。

始めて宿泊したガーデンヒルズのオーナーとは、いろいろな話しをする機会がありました。私と誕生日が3日違い、85才までは現役で頑張る!と言ってみえたのが印象的でした。

毎日生きる中で、気に掛けている事は何か?という問いに対して、「感激、感動、関心の3つです」、と即返事をされました。
また長生きの秘訣は何だと思うか?と尋ねると、
クヨクヨしない、おしゃれをする、異性に関心を持つ、この3つです」、とこれも即答されました。

この次からはオーナーと話しをするために、ガーデンヒルズ・ホテルには1泊だけ泊まろうかと思っています。