ダイヤモンド・プリンセス(2):2026/6/23〜7/2
今回のクルーズの最初の寄港地は台湾の基隆、ここは昨年のMSベリッシマに続き2回目です。

基隆は世界有数の多雨都市だそうでシーズンは10月〜4月、しかし今回は台風の影響もあって生憎の雨模様。2日間の入港の2日目だけ、港近辺をブラブラと歩いてみました。

基隆出航後は石垣に寄港する予定でしたが、台風の影響で接岸できず。直接那覇に入港、ここで1日を過ごし、横浜港に向かいました。
以下、この間のハイライトを記録します。

基隆上陸です
昨年は基隆から観光バスで台北市内観光をやりました。今回も同じようなコースで募集がありましたが、基隆の港町散策も面白そう、という事でこちらにしました。

上陸はパスポートのコピーを台湾の入管に見せ、形ばかりの荷物検査をやっておしまいです。
バス観光は既に出発、昨日観光した人の多くは船内に残っている様子で、入国審査場もガラガラです。

特に目的もないので、あらかじめ調べてあったコースをブラブラと歩くことにします。

海洋廣場
船を出て南に南に向かった最深部に”海洋廣場”というのがあり、港を一望できます。
何の変哲もない廣場ですが、港の真ん中より手前(南側)がよく見えます。

港の周辺は再開発された(或いは最中)で、新しいビルなどが建っています。
蒸し暑かったです。

ビデオ: 海洋廣場周辺(1)
ビデオ: 海洋広場周辺(2)

基隆
基隆港の旅客ターミナルと直結している”基隆駅”、近代化されたこじんまりした、きれいな駅です。
台北まで30分程度で行くそうです。

横の売店にATMがあったので、台湾ドルを引き出そうとしたのですが、メニューに英語が見当たりません。

あれ?と言うことでまごまごしていたら、後ろから若い女の子が助け船を出してくれました。
英語への切り替えは隅っこの方にありました。旅先ではこういうちょっとした親切というのは大変ウレシイですね。

港前の通り
駅の売店でパイナップルジュースを飲んで、駅から西に向かうとちょっとした商店街に出ます。
地図でみると”忠一路”とあります。

バイクが並べられ、小さな食堂とかパン屋、医院の看板も見え、ゲームセンターまであります。
路地を覗くと基隆の生活が見えます。

基隆は山と港に挟まれた平地の少ないところで、建物が密集しています。外壁はタイル張り、窓には格子、エアコン室外機が密集、、、。

媽祖廟(まそびょう)
”媽祖”とは海の守護神、航海・漁業の守り神の事で、”廟”とは小規模の寺院です。
日本で言えば”社”に近い感じ
ですかね。
媽祖廟は台湾に特に多く、中国本土・香港・その他東南アジアの華僑の多い港にはどこでもあるそうです。ここ基隆にも幾つのもの媽祖廟が地図で確認できます。

中に入ってみました。祭壇には媽祖、つまり海の守護神・航海の女神が祭られていました。日本には媽祖はありませんが、これに近いのが住吉神社ですね。それと厳島神社、金比羅さんもそうです。

急きょ、お買い物
忠一路の途中でおばちゃんが服を売ってたので、カミさんはこれらを物色。気に入ったデザインのがあったらしく、1着買ってました。
言葉は通じませんが、値札を見てお金を出すと、オバちゃんはちゃんとお釣りをくれます。お互いニッコリ。

この買い物の様子、普通に見ると地元の人の買い物風景ですね。カミさん買ったワンピース、早速船で着ていました。

この日常的な”商品の路面陳列販売文化”、日本を含めてアジアの特徴のような気がします、、、。

日式丼飯・串焼
忠一路から横の通りに入ってみます。
”舶食”という看板を出している店があります。多分これは屋号でしょう。

看板の右隅下に”日式丼飯・串焼”というのが見えます。
日式、すなわち”日本風・日本スタイル”、という意味で、これは台湾ではあちこちで見掛ける言葉です。

串焼き、焼き鳥ですね。と言うことは間違いなく、一杯もできる、、、ボクはそう即座に思ったのであります。
ビデオ: 港方向から通りの風景

更にブラブラ
キールの賑やかなエリアは限られており、歩いてブラブラするにはちょうどいい大きさです。どこか店に入って何か食べるのもいいな〜、などと思ったりします。

基隆で有名な”基隆廟口夜市”方面がわからなくなってしまったので、椅子に腰掛けて、ヒマそうにしているオバさんにメモを見せたら、すぐ傍まで来ていました。

基隆に来て気がついたのは提灯の殆どが縦に畳む日本式である事です。
中国提灯は骨が上下に入っており、横に畳むタイプです。

基隆廟口夜市(1)
ここの提灯も全部”日式”です。
これは恐らく、日本統治時代の文化が色濃く残っているという事だと思います。
ベトナムはいわゆる中国の植民地であったので、提灯は縦方向に畳む、、、とかボクはやけに提灯の縦横にこだわって、これらを見ながら歩いたのであります。

基隆廟口夜市の通りは多くの店(殆どが食べ物屋)がひしめいており、結構な人がいます。
ここは夜市とは言うものの、実は昼夜兼用の市場、飲み屋街ですね。

基隆廟口夜市(2)
どこもこんな感じで、店は繁盛です。半分以上は地元の人のようで、若い女の子などは韓国の観光客?
でも我々日本人もこういうところに混じると、一切の違和感はなく、瞬時に溶け込めるのです。

これを眺めていると、今からら4〜50年前の東京・上野のアメ横の裏通りに似ているような気がします。
ボクらも特に賑わっている屋台に入って魯肉飯と排骨湯を食べてみました。
ビデオ: 屋台の中の様子
ビデオ: 屋台付近の様子

基隆廟口夜市(3)
細い通路に並ぶ携帯アクセサリー店や電気小物屋は、台北の商店街でもよく見られる”雑居ビル型マーケット”ですね。
EA HAIRというのは近くで見たところ美容院間違いなし、その奥にはスナック・バーかな?
昼間は通りで買い物や食事、夜は路地の奥で一杯、、、こんな感じなんですかね、地元人・港湾労働者は。

廟口夜市の裏通りは、いろいろと夜の顔がある、とこの辺の事情に詳しい知人が言ってました。日本の港町はこの辺がきっちり分かれているのですが、基隆は隣接している、こんな感じでした。

さあ、船に戻ります
金の宝飾を売っている店があったので、入ってみました。
台湾では金は資産保全・縁起物・贈答品として重要、日本とは全く次元の違うものとして金は根付いている、、、これもある先輩からよく聞きました。

台湾には九分という有名な観光地があり”夜景の町”で有名です。しかし、あそこは日本統治時代に三井物産などが金鉱山開発をして、”台湾のゴールドラッシュ”があったところ、というのは日本人はあまり知りません。
「提灯きれい〜、焼き鳥おいしかった〜」が皆さんの九分ですね。

台湾のバイク
台湾は世界一のバイク王国です。
SYM(三陽)とKYMCO(光陽)でシェアーは70%以上、日本ブランドはYAMAHAが有名です。

台湾はもうひとつのバイク王国ベトナム(リンク)で見る商用・荷物運びなどに使われているのは見掛けません。
それにベトナムのように3人、4人を乗せて、というのも見たことがありません(田舎ではあるそうですが)。

台湾のバイクは殆どがいわゆるスクーターで、しかも車体が手入れされ、きれいです。

基隆出航す
基隆の街を少し観光して、船に戻ってきて暫くすると、いつの間にか出航しています。
港入り口付近にある海軍基地を辺りで、タグボートも離れていきます。
基隆ではただブラブラしただけですが、ボクは有名観光地巡りよりこういうのが好きです。

基隆はスペイン・オランダ時代から築かれた砲台があり、日本統治時代に本格的な要塞となったところが有名だそうで、ここはタクシーで行かなくてはなりません。
この次に来たときに、行ってみたいですね。

行き先変更
食事に行く前に、「明日の石垣へ寄港は取りやめ」、という船内アナウンスがありました。
石垣港は防波堤はあるものの、外洋波の影響を受けやすく、船体を岸壁にぶつける可能性があるからです。
天気は回復、風も収まっている状況ですが、洋上の波浪は残っており、それの影響のようです。

夕食後ラウンジ・バーに行って、クイズ・ゲームなどに参加しましたが、思ったり難しく、イマイチの成績でした。
プロムナードでは多くの方がダンスをされてました。
ビデオ: 基隆出航の夜のプロムナード

和食の朝食
朝食には和食メニューも準備してあります。
ボクは朝食には和食にこだわらない、というか和食より洋食が好きです。
MSCベリッシマも朝は3種類の和食セットがありましたが、この船と似たり寄ったりでした。

和朝食は近くのテーブルで食べてる方のを1、2回見ていましたので、それほどがっかりはしませんでしたが。

飛鳥U、パシフィック・ビーナス等の日本船は、本格的な料理人が作りますので一流ホテル並の和朝食が出ました。

朝のワークアウト
サロンを使ってワークアウトが行われます。
プールサイドの大海原を見ながらの方がイイよ、という方はそちらに参加。
でも外はメチャ暑いので、大汗かきます。

フィットネス・ジムもあります。インストラクターも何人かおり、マシンも充実しています。
今回、ボクは行かなかったのですが、今度からは行くことにします。
ビデオ: ワークアウトの様子(1)
ビデオ: ワークアウトの様子(2)

この日のランチ
確か夜中の10時頃まで、ハンバーガーなどはいつでも食べれます。ルームサービスもOKです。
カミさんはこういうのとか、ピザとか大好きなようですが、ボクはそれほど好んでは食べません。

3食きちんと食べて、おやつにハンバーガーを頂く、とかスゴい方もお見えのようです。そもそも船というのは「3食+夜食」という4食が基本で、これは商船も軍艦も同じです。でもボクは3食で十分です。
那覇までの海は天気がイマイチでした。
ビデオ: デッキから見た海

テーブルの位置
毎日利用するレストランは、朝食を含めて4カ所になりました。レストランのチーフ・ウエイター・ウエイトレスと口をきいたりして、顔を覚えて貰うと席もいいところを指定してくれるようになります。

あるレストランでチーフと話をしているうちに、彼の故郷(フィリピン)の話になり「そろそろ船を下りて、農場を経営します」、とかで、その写真を見せてもらいました。

9ヶ月乗船、3ヶ月故郷での生活、これを何十年も繰り返してとお金を貯める、、、彼は40代後半と見ました。

WHEEL HOUSE BAR(ラウンジ)
ここは生演奏でダンスを楽しめるラウンジで、皆さん結構上手な方ばかり。

皆さんステップの正確さ、姿勢の美しさはなかなかの方達ばかり、特にフロア・クラフト(空間の使い方)が上手で、絶対に他の人とぶつからないのですね。

ボクらがやると「オッと!」という感じで、間合いが崩れて、最悪ゴツンとぶつかったり。
ボクは皆さんを眺めながらウイスキーを頂くだけでした。
ビデオ: 見事なフロア・クラフト

那覇入港
予定どおり、0800に那覇港新港埠頭に着岸。那覇というのはいつ見てもピカピカした都市です。
理由は戦後復興、観光事業の一環などで、公共施設・道路・モノレールなど、他の日本の都市とは比べものにならないくらい大きな国の予算が投入されているからです。

那覇港は2019年にはクルーズ船寄港回数が日本一になったそうです。
ボクがよく訪れる久米島行きのフェリーもこの辺のどこかから出ているはずです。フェリーで4時間、2026年就航の高速船では90分で行けます。

那覇は広島とも言う!?
いつものようにモーニングコーヒーを頂きながら、前日配られていた入国審査についての説明書を見てびっくり、広島到着時の入国審査」、とあります。
思わず笑っちゃいました。

アメリカ船なので、日本人の係もアメリカンになっているのですね。これは記念になるので、残してあります。

アメリカではCAが機内アナウンスで、間違った到着地(行き先)を流す、とかは珍しくはありません。
”Houston”到着なのに”Welcome to Dallas.”とか。

一応上陸してみます
クルーズでの寄港地上陸は、海上生活から陸へ移る“環境の変化”を味わうという意味があり、”上陸=観光”ではないと思っています。
上陸してブラブラして”陸を見る”だけでいいのです。

ですからタクシーに乗るより、歩くのが一番なんです。
今回は国際通りまで歩く、というのだけ決めて港から歩き始めました。天気も良くなり日差しも強い!

ビデオ: 中央階段から出口まで
ビデオ: 那覇港新港埠頭付近

沖縄県庁前
那覇は15回以上来ていると思うのですが、県庁前のこの通りに来るのは初めてです。
きれいなビルが建ち並び、ゴミゴミ感がありません。

港から県庁前までのエリアを前島・久茂地といいますが、歩いてみて、びっくりです。
ここは沖縄の中で最も都市計画・再開発が進んだところで、ショーケース的エリアだそうです。

沖縄の県民所得は全国最下位なのですが、県予算は”沖縄復興予算と基地関連財政”で非常に潤沢なのです。

国際通り(1)
県庁の手前を左に曲がって国際通り(県道39号線)に出ました。ここは観光客向けの繁華街で、様々な土産物屋・食べ物屋が並んでいます。このまま真っ直ぐ1kmくらい歩けば”ゆいレール”の牧志です。

国際通りはかつて”奇跡の1マイル(Miracle Mile)”と呼ばれたところ、でもこの言葉を知ってる人は最近ではあまりいないだろうな〜。
沖縄戦で完璧な焼け野原、しかし米軍からの物資が大量に流れ、商売が急成長、あっという間に沖縄最大の繁華街になった、、、こういう歴史です。

国際通り(2)
ボクが最初にここに来たのは沖縄の本土復帰(1972年)の2年後で、車はまだ右側通行でした。

ボクが国際通りで覚えているのは、通りを路地に入るとオバさんが台の上でアメリカたばこを売っていた事です。
PX(米軍の売店)からの横流し品だったのでしょう、ずっと後で沖縄の人から話を聞きました。
当時は”洋モク”と言って結構高かったですからね。

通りの左右の店を冷やかしながら入ったり出たり、この日は気温は33℃、結構暑かったです。

市場本通り(1)
国際通りそのものにも、いろいろと店屋などが並んではいますが、来て見て興味が沸くのは最初の1〜2回。やはり面白いのは脇道入ったところ、というのは定説です。

ボクらも何軒か冷やかしで入りながら、結局は公設市場の方に足が向きます。
公設市場に入っていくアーケードの通りを”市場本通り”と言ってここには土産物・衣料・雑貨・食堂(レストランという言葉よりふさわしい)などのお店が一杯並びます。
国際通りは表の顔、ここは沖縄らしい雑多で、活気のある通りです。

市場本通り(2)
カミさん、道路に陳列されている服を見て物色。
沖縄柄、南国系のプリントのワンピースというのでしょうか、これが大量に陳列、というか密集してます。観光客向けの”即買い商品”ですね、これは。

ハンガーとマネキンも使って陳列、ネオンの”KANEYA”はアメリカンな感じ、夜には雰囲気が出そう。
ボクはカミさんが服を物色している間、そういう観察をさせて頂きました。
店の奥さんに聞くと開店60年くらいとか。カミさん、基隆に引き続き一着買っておりました。

市場本通り(3)
“ジーマミとうふ”、つまりピーナッツ豆腐。ボクが最初にこれを食べたのは20代の時に鹿児島で、ずっと鹿児島がオリジナルだと思っていました。
ジーマミは固め方が違い、まったくの別物です。

この濃厚な味は泡盛に本当によく合います。久米島に行くと、ボクは毎日のように居酒屋で注文します。

でも3個750円?1個120円くらいじゃなかったかな〜?。そうか〜、、、なるほど、だからこのオバさん、こんなにニコニコしてるんだ〜。

牧志第一公設市場(1)
結局はここに来るのですね、ボクらは。
ここの歴史は古く、終戦直後に闇市からスタート、3年前に近代的な建物になりました。
闇市からスタート、と聞くとボクはどうしても上野のアメ横と結びつけてしまいます。

国際通りから、公設市場に行くための”市場本通り”の発展はこの公設市場との相乗効果なんですね。

中に入ると伊勢エビ、各種カニなどに混じって沖縄らしいカラフルな熱帯魚が目につきます。

牧志第一公設市場(2)
ボクは日本では函館、下関、東京築地など、海外ではフィリピン・マニラ、LAレドンドビーチ、デンマーク・コペンハーゲン、ハンガリー・ブダペスト、その他多くの魚市場併設のマーケットなどに行ったことがあります。

ボクの感想は日本の”観光客”が入る市場は、どこもお値段がグッと高め、という感じが強い。
牧志公設市場の宣伝では「地元の人も来ます」となっていますが、ボクは地元らしき人を見たことはありません。

ビデオ: 中は割とこじんまりです

牧志第一公設市場(3)
下のお店で食べたいものを選ぶと店員が捌いて、ビニール袋に入れてくれるので、これを持って2Fへ。
ここで「焼き、唐揚げ、刺身」とか言って袋を渡すと調理してくれる、という手順です。
調理代は1品500〜1000円のようです。

何を食べているか、観察させて頂きましたが、下から持ってきたものより、お店の定食みたいなのばかり。
ただ外国人6人グループ、でっかい舟盛りでビールをガンガン、インバウンドの勢いを見せつけていました。
ビデオ: 2Fの様子

ブラブラと帰ります
ボクは左右を見ながら歩き、考えました。日本の観光地って、食べ物に依存してるな〜、と。
”何とか饅頭、何とか羊羹、何とかクッキー”、そして多くは中身は同じで包装だけが違う。

ここ沖縄も”紅芋タルト、ちんすうこう、アンダギー、泡盛の小瓶”、とやっぱり食べ物中心。

多分、、、日本人は旅行に行ったら職場・親戚・友人などに食べ物を配る文化がある、、、これはナゼ?
欧米ではこの文化はありません、、、これはナゼ?

船に戻ってきました
公設市場から岸壁まで約2km、「行きはよいよい、帰りは遠い」、という事でタクシーで使いました。

クルーズの旅では観光に出かけ、再び船に戻ってくると”自分の家”に帰ったような気分になります。
部屋には持ってきた身の回りの品物があり、着替えてくつろげる、、、。

ボクは早速湯船にたっぷりとお湯を入れて一風呂、カミサンは大浴場へ。実にサッパリでした。風呂上がりには冷蔵庫からビールを出して一杯、これは言うまでもありません。

CROWN GRILL での夕食
ボクらの行くレストランは予約を入れておくと、良い席に通してくれるのは一般のレストランと同じです。予約はスマホからアプリで簡単に入れることができます。

この船のオニオン・スープは大きなポッド(400CCくらい)に入ったチーズたっぷりで、小食の人はこのスープとパンだけでお腹一杯になると思います。

メインは10オンス(約300g)のヒレ肉がボクらには量的にもちょうど良く、またおいしく感じられました。
肉と赤ワイン、ボクは大満足なのであります。

こんな楽しいダンスは初めてでした
今夜は乗り組みクルーと乗船客のダンスパフォーマンス競技。スゴい盛り上がりです。

イヤ〜、男性客と女性クルーのダンスは、素晴らしかった。この方、素面だったのかな〜。
女性客と男性クルーのダンス、女性は60半ばくらいの方とお見受けしましたが、見事でした。
ビデオ: 男性客/女性クルー(1)
ビデオ: 男性客/女性クルー(2)
ビデオ: 女性客/男性クルー
ビデオ: 車いす客/女性クルー

部屋に帰ってきました
楽しいダンスパフォーマンスを見て、部屋に戻ると、何かの袋と”Issei Tsuji”さんからのメッセージ。
袋の中を見ると、ダイヤモンド・プリンセスの精密ダイキャスト模型が入っています。

メッセージには「明日の午後、船長主催の”乗船レピーター・パーティー”があるので、これのゲスト参加招待の誘い」が書いてあります。

同県人とわかり親しく話をさせて頂き、加えて模型のプレゼントとパーティー招待、やはりウレシイですね。

翌日は下船、航海最後の日です
この前横浜から乗船したばかりなのに、もう明日は下船、あっという間に9日間が過ぎました。

大型のスースケース2個と、中型の1個分の荷物は19:00までに大型1個、2100までにもう1個を出す必要があります。中型は手で持って下船の予定です。
やはり衣類・靴などはかなり嵩張ります。

今回のクルーズではフォーマル・デーが2回、どうしようかな〜、と少し考えましたが、結局はブレザーにネクタイでごまかしました。
ご婦人で着物を召される方、タキシードに蝶ネクタイとかの方がお見えでしたね。

MSCベリッシマではイタリアン・デーとかがあって、赤・緑・白のアクセントを服装に入れる日とかがありましたが、この船はそういうのはありませんでした。

今回入った部屋の広さも十分で、テレビも2台、WIFIも4台/1人まで使えて大変快適でした。
ここで一杯やって本を読んで、眠くなったらベッドでうとうと、クルーズの旅を満喫できました。

やっぱり昼は軽く、、、
昼は軽めとなると、日本レストランになります。ランチはコースで、メインは4種類から選びます。
液体燃料はウエイトレスに、「私はこれを”ビタミンC”と呼んでます」、と説明して大笑い。以降は、「ビタミンCをお願い、銘柄は、、、」、という感じでした。

レストランは”Makoto Ocean”という名前で、私の住まいの近くに”まこと食堂”というのがあり、カミさんとは「お昼は”まこと食堂”に行こうか?」という具合でした。

ビデオ: ”まこと食堂”のようす

レピート乗船が多いクルーズ船
“Captain’s Circle Party(キャプテンズ・サークル・パーティー)” に、”Issei Tsu”の招待で、ゲスト参加させて頂きました。これはレピーター乗船客が招待されるので、初めての乗船であるボクらは資格がありません。

プリンセスク・ルーズはレピーター客が多く、この航海で最多の方は200回以上とかで、15回、20回という人は今回でも200人以上いたそうです。

やはり日本発着、外国船ではありますが”日本人好みに最適化されている”、という点が強みですね。

本航海最後の夜のプロムナード(1)
プロムナードで踊れて披露できる方達はダンスに年季の入った方達ですね。

ダイヤモンドプリンセスはMSCベリッシマに比べてダンスができる場所(各ラウンジ・バーなど)が多く、従ってダンスファンの乗船も多いように思いました。

ボクの古くからの友人のダンスファンに”練習を始める上限年令”について聞いたところ、「70代からでも80代からでも大丈夫」、という事でした。
ビデオ: 優雅に踊る乗船客の皆さん

7月1日の一杯
7Fのプロムナード横のバーともこれでお別れです。

テーブルの上に”Raise a Glass to the True North”、つまり”カナダに乾杯”というキャッチフレーズで、ミュール系のカクテルがあったので飲んでみました。

今日は7月1日、”カナダの建国記念日”なんですね。アメリカ船なので、カナダへの敬意なんでしょう。

25年くらい前のこの日、オハイオからカナダ東部を車で家族旅行をしたのを思い出しました。

さようなら、、、
最後はこんな感じです。日本人ですからやっぱり手足の動きが”盆踊り風”になります。
ダンスも悪くはないが、日本人は輪になって踊る文化が強いし、踊りと言えば盆踊り、これをやったらどうか?

クルーズ船は西洋の文化が中心で、80%以上の日本人客にとって実は合わない部分が多いはず。飛鳥Uとかの日本船も西洋のマネ、同じでした。
クルーズ船はもっと日本文化を取り込め!ボクは心の中でそう思った次第です。
ビデオ: 22時頃のラストナイト・プロムナード

横浜に帰ってきました
”低層雲”で横浜ベイブリッジの上部が隠れています。
ボクはこういう雲を”地雲”というのを、昔何人かの漁師から聞いたことを思い出します。
朝の8時前、ダイヤモンド・プリンセスは静かにベイブリッジをくぐっていきます。

通路に出しておいたスーツケース2個は、昨夜のうちにポーターが運び去り、ボクらの手元には小型スーツケース1個、カミさんはバック、ボクはリュック、これだけです。

ビデオ: ベイブリッジをくぐるダイヤモンド・プリンセス

下船、新横浜まで
下船は乗船区分に従って時間が決められており、スムーズに行われました。ボクらは最優先で下船、通関、スーツケースの受け取り・宅配発送もあっという間に終わり、気がついたらタクシーに乗っていました。

港から新横浜までは20分少し、タクシーを降りて駅のエレベーターの乗ろうとしたら、運転手が走ってきて車内に落とした小銭入れを持ってきてくれました。ありがとう!

”のぞみ”で名古屋、近鉄を乗り継ぎ、お昼前には自宅に着きました。

びっくりしたこと
これは8年前(2018年3月)に乗った”パシフィック・ビーナス”のサロンでの毎食事中に演奏してくれた、フィリピン人の”アコースティック・トリオ”の写真です。

レストラン”Sabatini”に”Jan”というフィリピン人ウエイターがおり、彼との会話の中で「私達は以前、PVに乗ったことがある」と言ったら、彼は「父親がその頃ボーカル・ギタリストで乗っていた」というのです。

幸運にもこの写真がスマホに残っており、これを見せて確認できました。もうびっくりしたの、何のって!

クルーズを振り返って
今回のクルーズはプリンセスクルーズ社に直接申し込みを行いました。手続きはスマホのアプリでやり、各種申し込みなども全て紙(書類)によるやりとりは一切なし。パスポートのコピーもスマホで送る、という方法でした。

乗船案内も書類パンフレットも一切なしでした。
そこで船内各種設備とその利用時間帯、またレストランの特徴など全部自分で調べて、表にして持参しました。

乗船中の様々な支払いも、事前登録のカード決済、明細もアプリで確認、徹底してました。

ダイヤモンド・プリンセスによるクルーズ、ズバリ非常に満足度は高いものでした。
今回は寄港地での旅行者による観光は何もしませんでしたが、各種取り揃えており船内でも申し込めます。費用も2人で250ドル〜300ドル(4万円〜5万円)程度とリーズナブルです。

船内での催し物は結構くだらないのから、面白く楽しいものまで様々です。
食事は1日に1回は日本食がないとダメ、という人はちょっと辛いかも、です。日本食はMSベリッシマも似たり寄ったり、日本船と比べるのは酷です。

ボクらは全体的な費用からも、「これから乗るだったらダイヤモンド・プリンセスは有力候補かな〜」という方向に傾いています。
いずれにしてもクルーズで経験する”非日常”、これは大きな楽しみです。